第2話 天換、欠陥
「──『天換』の話デス。アナタの存在に大きく作用する、そして左右してしまうこれについて、しっかりと説明しておくデス」
『天換』。
僕を僕でなくする手段。
戦うための力を得るために、僕が求めた非常手段。
「アナタをギガーテの支配、『隷属者の刻印』の対象外にするため行った荒業なのは前に触れた通りデス」
「うん、確かにあれは僕じゃなかった」
あの時は戦闘への危機感と不安、切羽詰った状況に力を得た事への高揚感が加味して深く意識しなかったのだが、改めて考えると。
「なんで女の子……」
理由についても軽く説明はされていたのだが、理性はともかく感情面では色々苦悩が降って湧く。
「思春期の男子には色々アレがあるのは察するデス」
「色々あれって何!?」
「デスが一番無理のない落着点だったデス」
僕は正真正銘、生まれてからずっと男だったんだから少女として活動しているはずもない。完璧な理論ではある。けど、
「言い回しがそれ以外の意味も含んでそうなんだけど?」
「“プシュケー”を操作する上でもっとも弄りたくない部分、それが何か、分かりマスか?」
もっとも弄りたくない部分。
男から女に換わるという劇的かつ大幅な改変をしても尚、神の遣いがやりたくないという改竄というと、
「それは魂デス。意識誘導、洗脳の類とは訳が違って文字通り存在そのものを左右してしまう部位だからデス」
なんとなく分かる。
たとえ外見が同じでも中身がまるで違う。同じ過去を共有しても感性が異なる・受け止め方や物の見方が違うとなると、それはもはや別人としての経験・記憶になる。そういう事になるのだろう。
「魂への干渉は『隷属者の刻印』から逃れる最低限にしつつ、戦闘時に肉体的な違和感を減らす。このふたつのバランスを取ったのがあの『天換』形態デス」
「気を遣ってくれたみたいでありがとう。でも肉体的な違和感が少ないってどういう意味? 女の子の体なんてどうやっても合わないと思うんだけど」
疑問を口にしながらも、僕はヘイゼルの言っている事自体には納得していた。あの時の僕は変わり果てた姿に驚き、困惑こそしていたけれど、逆に言えばそれ以上の違和感、拒絶感のようなものは感じなかったのだ。
戦闘時の興奮状態もあったにせよ。
「あの体は、別にデタラメに作ったのではないデス」
「というと?」
「あれは“プシュケー”を遡り、アナタが女性として生まれたと仮定した上での成長を演算したものデス」
「…………ヘ?」
ヘイゼル曰く。
完全に別人の器を用意すると、既に肉体持つ魂を別の器に合わせるための改竄が相当量必要だったらしい。
改竄分量を減らしつつ、しかし『隷属者の刻印』が他人だと認識するほどに存在の異なる改変。
この両方を満たすのがあの姿、『僕が僕ではないボクとして生まれ、成長した姿』だったというわけだ。
「過去の一点を改竄して見極めたアナタの可能性のひとつデス。なかなか苦労したデスよ?」
「そ、そうなんだ」
頷く以外にない。他にどう答えろというのか。
「そんな訳で、あの体はアナタに一番負担のない器にしたつもりではあるデスが……」
ですが、と但し書きがつく。
「システム上の根本的な問題が出来てしまっているデス」
「うん」
それは僕にも分かっていた。そもそも『隷属者の刻印』を受けた僕がギガーテと戦うために行った無茶なのだから。
無理を通しても道理は引っ込まない。むしろ反発や反動を生む事がほとんど。
「それはあの時、今は戻れるって言った事だよね」
「……ハイ」
ギガーテを封印し、結界から抜け出した後。
もう千里の兄だとは名乗れない、元には戻れない事を嘆いていた僕にヘイゼルはそう言ったのだ。
今は戻れると。
──つまり、そのうち戻れなくなるという事。
「分かり易くするため、あえてこんな言い方をするデスけど」
「??」
「アナタは生まれた時から今まで、男に生まれていても女に生まれていても、世界的視点からすればほとんど影響は無いデス」
「…………う、うん、それはそうだね」
クレオパトラの鼻がもう少し低ければ、世界の歴史は大きく変わっていただろう──よく言われる歴史のIFの喩え。
逆説的に、この僕という存在は今の今まで性別が違って生まれていても歴史上になんら影響を及ぼしていないと言われたのだ。まあ間違ってはないと思う。
僕は一介の高校生、世の中に轟く偉業を為した記憶は無い。
「僕と周囲の人間関係は変わっただろうけど。それで?」
「デスが──アナタはギガーテと戦う事で、世界的な事象に関わっているデス」
神々と戦ったとされる異界の巨神ギガーテ。
成る程、かつて世界の頂点に居た神サマの力を借りてそんな存在と戦う事は、世界の根幹を左右する事柄に関係していると言えなくないのかもしれない。
規模はとても小さく、戦ったのも1回だけなので全く実感は無いけど。
「デスから、アナタは『天換』して戦っている時、神の力を振るっている姿が世界レベルの“プシュケー”観測では存在が強くなるデス」
「……?」
「分かり易く言うと」
神サマの遣いは一息置いて、
「『天換』して戦い続けると、『アナタは少女である』──世界的にはその認識で固定されてしまうデス」
「…………は?」
「過去から現在に至るまで、アナタは最初から女だった事になるデス」
******
“プシュケー”の変換は外科手術などとは訳が違う。
「後からそうなった」のではなく「元からそうだった」レベルの置換、存在の根底からの挿げ替えである。
あの姿は“最初から僕が女として生まれた”仮定で置き換えたのだとヘイゼルは言う。
そして世界は『天換』した僕をより強く認識すると。
「何度も言いマスが、存在が上書きされるレベルでの認識デス。アナタは最初から女として生まれ、今まで過ごし育ってきた。家族友人知人記憶記録、全てがその認識に置き換わるデス」
その変化は人の記憶に留まらない。
「女として育った」事実の元、例えば映像記録や写真に残った過去の姿、身の回りの物どころか着られなくなって押入れの奥に仕舞われた服に至るまで全て女物に換わっているだろうと言う。
「……つまり、SFのタイムトラベルで過去改変をしちゃうような話?」
「その理解で問題ありまセン。アナタ自身の記憶、認識以外の全てを網羅する改変が起きるデス」
「……うん、すごいね」
間の抜けた返事になった。
僕が僕でなくなる、そのスケールが思った以上に大きくて飲み込めなかったのだ。
なのでひとまず僕に理解できる範囲で状況を整理しようとした。
「それで、どのくらい続けると戻れなくなるのかな?」
「アナタが今まで過ごして来た人生と同じ量、“プシュケー”の上書きが終わってしまうと戻れなくなるデス」
「具体的には?」
「単純な『天換』、肉体の転換はそれほど負担にならず、せいぜい1日分の上書きデス。問題は戦闘デス」
神サマの力を借りて巨神と戦う事。
これが世界的に大きな意味を持つため、僕の存在をボクへと近付ける。
「昨日の戦闘で上書きされたアナタの“プシュケー”は3週間分くらいデス」
実感は無いのだが、僕の16年ほどの人生の中から3週間、何かが置き換わったらしい。
「つまり僕は生まれてから3週間くらいは女の子だったって事になる……?」
「正確にはまだ上書きが確定したわけではありまセン。アナタはまだ男デスから、演繹論理から過去の状態も男として認識されるデス」
「ぐ、具体的に」
「上書きデータが保存されてないようなものデス。『昔に女だった時期があるけど今は男』と思われたりはしないデス」
要するに部分改変は行われず、人生に等しい時間分の猶予があるという事らしい。その猶予は戦う毎に失われ、時間分の“プシュケー”を上書き完了すると全体の改変が一挙に行われる、そういう感じなのだろう。
「1回で3週間……ヘイゼルが『タルタロス』の穴を塞ぐまでに100回も200回も戦ったりしなきゃ大丈夫かな」
「努力はするデス。ただひとつ注意して欲しいのは」
「うん」
「先の戦闘はノーダメージだったから3週間分で済んだデス」
「……ダメージ、受けるとダメなの?」
「ハイ。“プシュケー”の消費量がグンと上がるデス」
ギガーテは人を食らう化け物だが異界の神。
“プシュケー”の収集に人を狩るのではなく、破壊のために力を奮えば人間など簡単に粉砕できるという。
神サマの力を借りた僕は粉砕こそされないものの、防御フィールドが破壊エネルギーを相殺するため大量の“プシュケー”を消費するとの事。
「防御より回避が基本か。狩りゲーみたいだね」
「ハイ?」
盾でもあれば違うのだろうけど、残念ながら僕の武器は剣のみ。僕の人生が上書きされないよう回避に専念すべきだろう。
「取り急ぎ伝えるべきだった事は伝えたデス。そして『タルタロス』の穴を塞ぐまでの間に協力してくれる事も感謝するデス」
ひとまず話すべきは話したとフクロウは翼を広げる。
「アナタの力を借りる必要が出来たらお邪魔するか『念話』で連絡するデス。今日のところはお休みデス」
「あ、うん、お休み。僕は現実では寝てるんだろうけど」
「ではいい夜を。ハバーナイスデー」
フクロウは夜の翼と化して僕の意識から飛び去った。
しかし僕の目はすっかり冴えてしまい、その後しばらくは中々寝付けなかった。
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