雪の中



 真っ白な雪が降り続いている。

 もう、日が暮れようとしている。

 ただでさえ薄い冬の太陽の加護がまるで無くなる夜になれば、より冷え込むことだろう。


 なのに。

 まだユイハとユウハは別荘に戻ってきていない。


 メルはぼんやりと窓の外を見つめるだけで何もせず過ごしていた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 どうして自分はユイハとユウハを傷つけてしまったのだろう。

 どうして、どうして――


 ぱしん! と音が部屋に響く。

 メルが――自分で自分の頬を平手打ちしたのだ。

「……考えていても、どうしようもないよ。そんなことよりも、二人を探して……謝らなきゃいけない」

 一度決めればあとの行動は早かった。

 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、そのままクローゼットに突撃する。一番最初に手に触れた、一番上等な白いロングコートを引っ張り出して身につける。手袋をつけて、濃いピンクのストールもぐるぐる巻きつけた。

 部屋を出て、廊下を疾走する。途中で使用人たち何人かとすれ違ったが気にとめることもなく、正面玄関を勢い良く開けて、メルはマギシェン家の別荘を飛び出した。



「ユイハーーー!! ユウハーーー!!」

 探すと言っても当然あてなどない。

 真っ白に染まった湖畔を、二人の名前を叫びながら歩く。走りたいが足元の雪がどうにもならない、それどころかブーツのなかに雪が入ってきて、足先は氷のように冷たくて感覚がない。

 それでも、メルは自分が二人を探さなければならないと思っていた。


「二人ともーーー!!」


 メルはただひたすら歩き、やがて、真っ白に雪化粧された樹木が並ぶ林に入っていく。

 ……それは最初、林の中に設置された彫像かなにかに見えた。なぜならそれは動いてなかったから。

 だけど、それに近づくにつれてそうではないことに気づいた。

 それは、メルにそっくりの容姿をしていたのだ――


「リンネ……メルツェ……?」

 そう、それはメルそっくりの女性、リンネメルツェだった。

「……あぁ……貴女は……」

 彼女は、いつか見た夢のなかと同じように、薄いドレスを纏っていた。

 そして彼女の頭や肩には雪が積もっていた。……ということは、実体があるのだ。夢や幻なんかではなく、実体があるのだ! 少なくとも、今、ここでは!

 それに気づいたとき、メルはリンネメルツェに向かって走った。

 そして叫ぶ。

「貴女、どうしてこんな格好で外に出るの!」


 ……。


 よくよく考えればもうちょっと言葉のかけようがあったかもしれないが、口から飛び出してしまったからには仕方がない。

「あぁ……もう、こんなに冷たくなっちゃって……」

「あっ……」


 メルは手袋を外して、リンネメルツェの手を握る。それは氷の思わせる冷たさで、メル自身のぬくもりをもっていかれるような、生命の奥底から大切なちからを奪われるような……だけどそんなこと気にしている場合ではない!!

 リンネメルツェの頭や肩に積もってた雪を払う。

 そしてメルはストールを外してコートも脱いだ。

 そしてきょとんとした目をしているリンネメルツェにそれを差し出す。


「着なさい」

「……だけど、貴女が」

「いいから着なさい!」


 無理やりコートをリンネメルツェに着せる。この白いロングコートも濃ピンクのストールも持っている中で一番上等でとってもお気に入りの品なのだが、そんなことを気にしていられる状況ではない。

「……もう、なんでこんなところに貴女がいるの、リンネメルツェ。しかもこんなに雪が積もっていたってことは、貴女は今……肉体がちゃんとあるんだね?」

「……そういうことだと思う……ここはとても『近い』から……」

「はぁ……詳しいことを聞きたいけど、さすがに私もコートなしは辛いから……マギシェン家の別荘に行こう、リンネメルツェ」


「……マギシェン家の別荘……知ってる……でも、私、ここを動けない、の」


 メルは思わず怪訝な顔になる。

 こんなに雪まみれになって、体も氷のように冷たくなって、なのになぜここから動けないのだろうか。せめて雪と風があたらないところに行けないのだろうか。

「動けないって、どうして?」

「……言えない、言っても、多分、貴女にはわからない……まだ」


「そう、動けないんだったら、人を呼んでくるから。救助を呼んでくるから、ちゃんとここで待っているんだよ、いいね?」




 そしてメルはマギシェン家の別荘に急いで戻った。

 あまりに焦っていたのか、途中三度ほど滑って転んで、ドレスが雪まみれになって、ドレスの中にも雪が入り込んだ。

 別荘の玄関に駆け込むと、防寒具を身に着けたウルリカと使用人が何人かがびっくりした目でメルを見た。

「あの! 林の方に動けない方を見つけたので、その方を救助に行ってもらえないでしょうか……!」

 するとウルリカが――ちょっと怒っているような、不安なような、そんな震える声を出した。

「メル……この季節にそんな格好で……! どうしたの、まさかと思うけど、追い剥ぎにあったんじゃないよね?」

「あ、えっと、違います。これは……私が、その動けない方にコートとストールを貸してしまったので」

 ウルリカが口の中で小さく、このお人好し、と呟いた。


「私たちは、これからユイハとユウハ、それにメルを探しに出るつもりだったの。でもその人を優先したほうがよさそうなら、そっちに先に行こう」





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