冬の湖畔で(その一)



「メル、待ってたよー!」

「ウルリカ様、お久しぶりです。今回はお招きくださって嬉しいです!」


 夏にも訪れた湖畔の別荘に到着して、マギシェン家の立派な馬車を早速降りたメルを出迎えたのは、なんと侯爵令嬢であるウルリカ本人だった。

 当たり前といえば当たり前のことなのだが、ウルリカはちゃんと女物のドレスとコートを着ている。短かった髪も少しだけ伸びていた。

「お店も忙しいだろうに、個人的に呼びつけちゃって申し訳ないね」

「茉莉花堂は師に任せてきました」

 店番をシャイトに任せるのは……ちょっと、いや、かなり不安だったのだが、いざとなればベオルークのおっさんもプリムローズのおかみさんもサポートに回ると言ってくれていたので、それを信じるしかない。


「ユイハとユウハも来てくれて嬉しいよ」

「今回はお世話になります」

「よろしくおねがいします。ウルリカ様」

 続いて馬車から降りたユイハとユウハがウルリカと挨拶を交わす。

 メルはその間に別荘をなんとなく眺める。

 侯爵家の別荘だけあって、相変わらず立派な建物である。どこにも傷んた箇所の見つからない薄い水色の木造の壁に、深い紺色の屋根。それに美しい金色の装飾がいたるところに施された、見事な建築。それは夏に訪れたときと変わらない。違うところは屋根に雪が積もっていることと、その屋根からかなり長いつららが下がっている事だろう。あちこちに二つの鍵が交差した紋章があるのも、変わらずだ。


「お嬢様、挨拶もそのぐらいになさいませ。このように寒い中いつまでも外にいては、お風邪を召されますよ」

 出迎えの挨拶から長話に発展しそうになっていたウルリカとユウハの会話を、夏にもいた老メイドが遮って、別荘内に入るように促す。

「もう、クリミナはうるさいなぁ……せっかく話が盛り上がるとこだったのに。まぁいいや、メル、ユイハ、ユウハ、荷解きをしたら早速お茶にしようよ。今準備させてるからさ」

 ウルリカはそういってドレスの裾をつまんで、軽やかに歩きだす。

 大きな荷物はマギシェン家の使用人たちが運んでくれているので、メルたちも各々手荷物だけを持って、ウルリカに続いた。



「メルの部屋はこっちだよ、前と同じ部屋」

「ありがとうございます」

「ユウハはその隣だけど、ユイハだけはあっちの方になるよ。ユイハも一応男の子だから女の子たちの部屋が近くじゃ落ち着かないでしょ」

「……いきなり仲間外れ感あるんだが」

「ユイハ兄さんはこっち来ちゃダメだからね?」

「来ないってば……というか学院では一緒の野宿もあったのに今更も今更だな……」

 きゃあきゃあとそんなことを言い合いながら、部屋の鍵を受け取るところからして、それはもう……楽しいものだった。


「それじゃあ、荷解きしたらまたこっちに集まって」

「あぁ」

「はぁい」

「わかった」


 メルは割り当てられた部屋のドアを開ける。

 すると、真っ白な東方風の服を着た長い白髪の人物が大きな硝子窓のそばで湖を眺めていた。白だ。


「白……どうして」


 マナフ・アレンの屋敷に行く数日前から、ずっと姿を消していた白がなぜここに居るのだろうか。

 この部屋がメルにあてがわれた部屋だと、なぜ知っていたのか。

 ……白は、なぜメルにだけ見えるのか。

 そういうものがごっちゃになった「どうして」だった。


「メル、早く荷解きしないと。お茶会があるんでしょ。お茶会にはマギシェン侯爵夫妻も参加するから、遅刻できないよ」

「…………白」

 何か言いたいのに、言いたい言葉はたくさんあるのに、ひとつも声にならない。

「大丈夫だから、僕は何も言わずにいなくなったりしないから……ごめんね」

「……本当だよね、白」

「本当」

 言いたいことはいっぱいある。

 けれど今はそれだけわかっていればよかった。



「お茶会、白も行く?」


 トランクから取り出したドレスを備え付けのクローゼットにかけながら何気なく尋ねると、返ってきた返答はちょっと意外なものだった。

「湖をみてるから、今はいいや。湖の底の遺跡を見てるの」

「遺跡を?」

 そういえば、と夏のときにもそんな話が出ていたのを思い出す。かなり大きな遺跡らしいと、冒険者なんかも多数集まっていたはずだ。

「そう、遺跡」

「そんな話を聞くと、私は探索に飛び出していっちゃうかもよ?」

「今のメルは――もうそんなことしないでしょ。剣だって使えないし」

「……そうだね」

 今現在、メルには呪がひとつかけられている。

 それは剣をもてなくなる、たったそれだけの呪。

 だけど解呪が行われない限りは続くという、厄介なものだった。

 元は騎士を目指していたメルが銀月騎士学院に通えなくなったのも、それが理由だ。

 今思えば――メルはあまりにも剣だけにこだわりすぎていたのかもしれない。扱おうと思えば、他の武器は扱えるのだ。剣にこだわることなどなかったのだ。とはいえ、そんなことも本当に今更のなのだが……。


「お茶会にエヴェリアは連れていくの?」

「連れて行くよ。ドール・ヴィクトリア嬢と一緒のお茶の用意があるんだって」

「そっか」

 とりあえず荷解きも一段落したので、お茶会に向かうために身なりを整える。

 今日のメルは綺麗な濃い茶色をしたドレスを着ていた。このドレスはふくらんだ袖で共布のリボンが飾られているのがポイントだ。相棒のエヴェリアにも同じ色のドレスを着せて、お揃いのようにしてある。

 部屋に備え付けの鏡台の前で軽く髪を梳いて、髪リボンを結び直すと準備は完了。


「それじゃ、白。いってきます」

 抱いているエヴェリアの手を振ると、白も手を振り返してくれた。


「うん、いってらっしゃいだよ。メル」





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