風よ、祈りに応えよ




「何者だ?!」

「名乗る必要なんてないね!」


 見張り役らしい男たちの誰何のセリフを、ユイハは文字通りに切って捨てた。


 抜刀の勢いのまま走りながら、ユイハはジルセウスと言葉を交わす。

「さてと、ジルセウス。今回は何人ぐらい居ると思う?」

「片方は貴族とはいえ、こんな取引にそうそう護衛をぞろぞろとは引き連れていないと思った――のだけれど」


 舞劇場の裏庭に集っているのは、ざっと数えて十数人ばかり。

 ユイハはため息をつく。

「多いな」

「ああ、まったくだよ。多いね」

「だが――食べごたえの無い雑魚ばかりと見えるな!」

「ああ、まったくだよ。あちら側のキングの駒はすでに男爵が抑えてしまっているようだし」

「え、まじかー……」

 ジルセウスの言うとおりで、刀を振るう合間に視線を動かしてみれば、ベルグラード男爵が多分貴族と思われる豪華な衣服を身に着けた男に魔杖をつきつけているところだった。……相手の貴族らしい男は完全に腰が抜けている。これは、もうキングは抑えられてしまったと同じだ。

「だが、油断は禁物だよユイハ君」

「あぁ、わかってる。さすがに同じ轍は踏まないさ、目標は敵駒の完全掃討っ!」






「まったく……男ってどうしてああなのかしら、ねぇメル」

「……どっちかというと、私も戦いに入ると気分が高揚しちゃう方だったから……その、ええと、何も言えません……はい、騎士学院生時代はご迷惑をいっぱいおかけしました……」

 呆れた様子のユウハに、思わず敬語で返してしまうメル。

 銀月騎士学院生時代にメルはユウハに随分といろいろな借りを作ってしまっているのだった。

「いいのよ、そのうちにちゃーんとまとめて返してもらうか……ら!」

 迫ってきていた白頭巾の男を魔力の大鎌で殴り飛ばしながら、ユウハはにこやかに応える。はっきりいうと、怖い。

「ゼローアさん! もうちょっと周囲警戒してちょうだいな」

「……あ、あぁ、申し訳ありません」

 ユウハは初対面のゼローアも容赦なく叱り飛ばす。


 ゼローアの振るう拳は、迷いがある。

 拳での武術に明るくないメルにも、それははっきりわかった。


 そのときだった――



「……お前……まさか、ゼロ野郎か?」

 白頭巾の一人が、ゼローアに、いや『ゼロ』に気がついたらしい。

 そいつは、随分と大柄な男だった。細身のゼローアとくらべると、倍ほどもあるようにすら見える。


「……お前か」

「間違いない、か……久しいな、ゼロ野郎。まさか生きていたとは」

 男は、拳を構える。

「言葉なぞ、不要か。俺達は――ただ拳で語るのみ」

「そう……ですね」

 ゼローアもまた、拳を――


「ち、ちょっと、ゼローアさん本気? アレは格が違うヤツみたいよ?!」

「はい、わかっています。誰よりも俺がわかっています。だって俺はあいつに――いちども……勝てたことがない……のですから」

「ならどうして!」

 ゼローアより前に出ようとするユウハを、メルが片手でそっと制する。

「ユウハ、だめだよ。ゼローアを止めないであげて」


「ありがとうございます、メルレーテ嬢……本当に感謝します」

 そう言って、ゼローアは拳を構えずに――風神式に、続いて……詩神式に祈りの印を切る。 



「風神よ、照覧あれ。そして……詩神よ――加護あれ」


 そしてゼローアは拳を構えた。

 その身に纏うは風。拳は雷で覆われる。


「――行くぞ」

「――えぇ」




 交錯は、ほんの一瞬。

 

 だが、まだどちらも立っている……?

 

「……疾風……迅雷」


 ゼローアの言葉とともに、拳を覆う雷が、一瞬だけ大きく弾けた。

 その音とともに――白頭巾の大男は、倒れる。




 ふっと、ゼローアは空を見上げた。

 エアルトは――風に祈り、風を敬愛し、風と舞う、そんな種族。

 

「この勝利を捧げます、風神ハーシェロス……」




 相手の敗因は――風に親しい種族であるエアルトと空の下で戦った。

 ただ、それだけ、それだけだ。






 


 ユイハの言うところの『敵駒の完全掃討』が終わって――


 ぼんやりと空を見上げていたゼローアに、メルが駆け寄ろうとした、その時だ。

「メルレーテさん! 来ないで!!」


 悲鳴に近い声とともに、ゼローアは疾風を空に向かって放つ。


「な……」


 くるくると風に巻き上げられて――『それ』は裏庭の地面に刺さった。

 それは、レイピアだった――ただし、とてもとても小さな、メルが今抱いているシルフィーニアに持たせるにしても、小さすぎる針のようなレイピア。



「はっ、呆けているようだったが、反応はなかなかだな。そうなると、ますます生かしておけぬな、エアルトの暗殺者よ」


 細く高い声が、物騒な言葉を紡ぐ。

 ふわりふわりと、風と遊ぶように優雅に舞い降りたのは――オオムラサキの翅が美しい、小柄な、とてもとても小柄なピシュアーの女性だった。


 彼女の小さな体は、頭のてっぺんからつま先まで三十センチほどしかないだろう。一般にピシュアーの身長は四十センチほどなので、これはかなり小さくて華奢な方だ。

 その体を包むのは、騎士や士官軍人の衣装にも似たかっちりとした襟を持つオリーブグリーンの衣服。

 胸には、幾つもの小さな……しかし精巧につくられたきらびやかな勲章。

 太ももまでしかない短いスカートからは白い絹ペチコートの裾レースがひらひらと見え、そこから絹靴下と黒のブーツに包まれた細い足。

 小さな顔は、それこそ人形のように整っているが眼光は鋭く、右の瞳は黒い眼帯に覆われている。

 

「貴様ら、頭が高いぞ。私を何者と心得るのか?」


 ……こんななりをしたピシュアーは花の国広しといえどもただ一人。


「パラフェルセーナ公爵におかれましてはごきげんうるわしゅう」

 ……ジルセウスが丁寧に腰を折った礼をする。


 そう、彼女は大陸最大のピシュアーの生息地である広大な森を含む一帯を領地とする大公爵……。



 リーリシュカ・キャルロード・パラフェルセーナ公爵以外あり得ないのだ。







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