秋色の茉莉花堂(その三)
メルとシャイトとベオルークとプリムローズ、いつもどおりに四人そろってのんびりと昼食をとってから、メルはいつもの定位置である茉莉花堂店内のカウンターの中で、自分の“相棒”であるエヴェリアの秋冬物のドールドレスのデザインをしばらく考えていた。
秋や冬はどうしても茶や黒、それに紅葉の色である濃い赤や濃い黄色、あとは紫などのこっくりとした印象の重ための色が多くなるが、そういう季節だからこそむしろ明るく軽やかな色も使いたくなるのが人情というものだ。
「うーん、どうしたものかなぁ」
さまざまな色と様々な材質の布地の切れ端をエヴェリアにあててみては、首をかしげたり振ったりをくりかえす。
ちなみに今日のエヴェリアのドレスはメルとお揃いぽい雰囲気にしてある。首のつまった茶系の縦縞模様のドレスに赤いケープとぴかぴかの赤い靴をあわせているのだ。
メルが考え込んでいると、茉莉花堂のドアが突然に開いた。
「……あ、いらっしゃいま……って、なんだ、ユイハとユウハか。こんにちは、いらっしゃい」
茉莉花堂に入ってきたのは、とてもそっくりな容姿を持つ男女の双子。
髪の短いのが兄のユイハ、髪が腰ぐらいまであるのが妹のユウハ。
今日は二人とも、深い緑色をした極東列島風の装いで統一している。
二人は、メルが銀月騎士学院に通っていたときからの旧い友人だ。
「こんにちは、メル。今日も元気そうだね」
「こんにちは、メル。あのお店の、この時期限定木の実の焼き菓子が買えたからおすそ分けしようとおもって、寄っちゃったわ」
「え、あのお店の……?! わ、嬉しい、入って入って。座って座って。今紅茶淹れるから、テンプールベルでいいよね」
テンプールベルの紅茶、それにメルが今朝作った林檎と甘いものタルトも出して、この時期限定の木の実の焼き菓子をつまんで、三人のちょっとしたお茶会を楽しむ。
「今度は国立舞劇場の護衛をすることになったんだよ」
「そうなのよ、今度そこで行われることになっている舞劇のヒロイン役の人に脅迫状か何かが届いたんですって。それで私達まで駆り出されてるってわけ」
舞劇というのは、普通の演劇と違って役者は一言も台詞を発さない。その代わりに、動きでその役の感情などを表現する。とはいえ無音というわけではなく、一応音楽や歌は専門の人達が奏でるというのだが。メルは舞劇というものをちゃんと見たことはないが、役者たちの動きは人としての動きを極限にまで高めた、文字通りの芸術なのだという。
「舞劇かぁ」
「まぁ、護衛しながらとはいえ、あの練習風景や劇本番を見れるのは結構すごいことだとおもうけどね」
「まぁね。それも無料でね。あの人たちの動きは私たちでもなかなか真似できるものじゃないわ、一体どれだけの修練を積んだのか……」
「むー、ずるい。私も舞劇みてみたい」
メルはすねたように唇を尖らせる。
するとユイハは苦笑いで、夢のないことを言う。
「あれも華やかなようで、いろいろ裏ではどろどろしてるみたいだけどね。王立の舞劇場のことだから、貴族やなんかも裏でいろいろ駆け引きとかがあるみたいだしね。今度のヒロイン役だって貴族出身ってことで、いろんな黒い噂とかあるしね」
「貴族出身、ねぇ」
「そういえば」
ユウハがティーカップを持ち上げて紅茶を一口飲んでから、こう続ける。
「貴族といえば、ジルセウスは最近来ているのかしら?」
その言葉に、その名前に、メルはちくりと胸の奥のどこかが痛むような感覚がした。
「……ううん。その、最近は忙しいみたいで……」
ジルセウス――恋人であるジルには、メルは最近まったくと言っていいほどに会えていない。
夏、避暑地ではあんなに毎日たくさん会っていたから、この秋はとても寂しい。
ジルと恋人になって初めての秋を、いっぱい楽しみたいのに。
「そっか……」
ユウハはちょっとだけうつむいてから、メルの目をしっかりと見て、こう言う。
「私は、その、メルの友達だからね。絶対、なにがあってもメルのそばにいるね。もしも、そばにいれなかったとしても、ずっと一緒だからね」
ユウハのその言葉は、メルにとってはとても嬉しくて、とても頼もしい。
ユウハとメルは騎士学院に入った時からずっと一緒だった。幼くして親元を離れての寮生活となり、寂しくて毎晩のように泣いていたメルと一緒に眠ってくれたのは、ルームメイトだったユウハだったのだ。ユウハがいつもそばにいてくれる、というのは、メルはいつも安心できるということだ。あの風の強い怖い夜でも、雨の強い暗い夜も、何も恐れるものなどないということ。
「ユウハ……いつもありがとうね」
「ううん、私はメルの笑顔が好きだから、メルに笑顔でいてほしいだけ……でもたまには、憂い顔とかも可愛いなって思うけど」
「あ。それ同意」
ユウハの妙な意見に、なぜかユイハまで賛成している。
「も、もう、からかわないで二人とも」
「ちなみに、メルが恥じらって赤くなってるとこも、私は好きなんだけどユイハ兄さんはどう?」
「……それは……俺からはノーコメントで……」
「もう、二人とも!」
だいぶ冷めてしまったテンプールベル紅茶を一気に飲み干して、どうにかこうにかメルは落ち着くことができた。
……とおもったのだが双子の攻撃はまだこれからが本番だった。
騎士学院生時代もこの二人のコンビネーションは抜群で、それはそれは苦戦させられたことをメルは思い出すことになる。
「それにしてもさ、別にジルセウスとのことを応援するつもりはこれっぽっちもないけど、そんなに会えてなくてしょぼくれてるぐらいなら、メルのほうからお茶にでも誘ってみたらどうだ?」
「え、え、え?」
「あぁ、それはいいかもしれないわね!それじゃ、二人のお茶会の計画、さっそく立てて見ましょう!」
なぜかノリノリのユイハとユウハに、まったく切り返すこともできずにおろおろとするしかないメルであった。
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