秋色なる舞姫たちの章

秋色の茉莉花堂(その一)




 大陸西北部、花の国ルルドの王都、花咲く都とも呼ばれるルルデア。


 そこに走る無数の道の一つに、収集家小路と呼ばれる小さな通りがあるのだが、その中の一見平凡な店構えにも見える建物がある。

 掲げられた看板には ドールブティック茉莉花堂 と言う文字。

 窓を覗き込めば、大小さまざまのドールに、ドールのためのドレスや帽子や靴やアクセサリー……そういった品ばかり見れることだろう。


 そして、その店で忙しく働く少女の姿も、見れることだろう。







 空気はすっかり、秋特有の澄んだ心地いいものだった。



 そんな秋の日の早朝のこと、ドールブティック茉莉花堂で働く少女メルレーテ・ラプティ、皆からはメルと親しみを込めて呼ばれている少女は、勝手口からそっと外に出て、秋の朝の澄んだ気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

 メルの隣で同じような動作を楽しそうにしているのは、白。

 その名の通り、髪も肌も真っ白な人物だ。本来ならば目立つことこの上なしの容姿だろうが、白はメルにしか見えない不思議な存在だった。物心つかない頃からずっと一緒だったので、今ではもう居ることが当たり前になってしまっている。


「メル、今日は市場で何を買うの?」

「今日はね、そろそろ酸味の強い林檎が出てきてるだろうから、それを持ち帰れるだけ買いたいと思っているの、この間買っておいた甘いもと一緒にタルトにしたら美味しいだろうと思ってね。あの林檎はこの時期だけにしか出回らないから、見つけたらすぐ買っておかないと」

「秋は美味しいものがいっぱいっていうから、なにかと大変だね」

「うん、体型にも気をつけないとね」

 そう言うメルのコルセットで整えた体は、美しいドレスで覆われている。

 今日のドレスは薄いベージュの地に濃いベージュで縦縞模様が染められた布が主体だ。この季節らしく、首元まで詰まっているデザインで、活動しやすいように裾は短めとなっている。

 華奢な肩は紅葉のような濃い赤でふちどりのあるケープがかかっていた。

 濃い赤の靴を履きこなし、軽やかに歩く様子はまるでどこかのお嬢さまのようにも見えなくもないが、メルの腕に下げられているのはどう見たって大きな食料買い出し用のかごだ。

 たまに道行くメルのことを知らない人が首をかしげているが、それは多分……メルの服装や容姿がこの買い出し用のかごとそぐわないからだろう。

 メルはくるくる巻き毛の金の髪に、澄んだ青い瞳、白くていかにもすべすべしていそうな肌の、まるで人形のような容姿をした十六歳の少女だ。

 ……もっとも、もともと騎士志望で王立銀月騎士学院に通っていたぐらいなので、どうもその時の癖で、いまだに動作はがさつだったりもするのだが。




 今日は、いつもの朝食用の丸パンの他に、くるみとベリー類がたっぷりはいったパンと、秋摘みの紅茶、それに林檎をかなり沢山買うことが出来た。

 これだけ林檎があれば、ジャムにしてもいいだろう。

 この種の林檎は皮がきれいな赤なので、果実と一緒に剥いた皮を一緒に煮込むときれいなピンク色のりんごジャムになるのだ。


 いつもよりもさらに重たい買い物かごを抱えて、メルは満足しながら茉莉花堂に戻った。



 プリムローズおかみさんが作ってくれた食事を、ドール職人であるベオルークおっさんと、メルのドールドレス作りの師匠であるシャイトと一緒に食べた後、片付けはおかみさんたちにおまかせして、茉莉花堂を掃除するのがメルの日課だった。

 すみずみまで丁寧に心を込めて、磨き上げる。


 その後は、ディスプレイされているドールたちのドレスのコーディネートを変更する……つまりは「きせかえ」をする。

 ドールたちのドレスもすっかり秋色ともいうべき色合いになっている。

 今日も、ベージュや茶などの落ち着いた色合いに、華やかなぶどう色や紅葉の赤を差し色にいれたコーディネート。

 ドールたちと一緒に飾られているのは、赤い薔薇の色を綺麗にとどめたドライフラワーのリース。これは、茉莉花堂の近所に住むおねえさんからもらった薔薇で作ってみたのだが、なかなか上出来ともいえる出来栄えだったので、お店に飾ってみているのだった。


 それも終わると、メルは朝からずうっと作りたくてうずうずしていた、りんごと甘いものタルトを作るため、台所に戻ってエプロンを着ける。




 ピンク色の林檎ジャムも、甘いもでなめらかになるように仕上げたクリームも、上出来だ。プリムローズおかみさんにも味見をしてもらったが、いい反応だった。

 あとはタルトを焼けばいいのだが、具材をいれたままタルト生地を焼くか、それとも、タルト生地だけ焼いてから具材を盛り付けるかで、おかみさんとしばらく話し合う。

 結論としては、今回はオーブンのご機嫌をこまめにうかがう必要のない「タルト生地だけ焼いてから具材をもりつける」方法がいいだろうということになった。

 だが、メルはいずれ両方を試してみるつもりだ。


 いい色に焼け上がったタルト生地に、ぺとぺとと甘いものクリームをぬりつけていく。

 甘いもは花咲く都周辺ではあまり育てられていないのだが、南の方ではずいぶんと人気のある作物の一つだ。火を通すと、砂糖もはちみつもつかっていないのに甘くて美味しいのだ。都ではこの甘いもを蒸したものと、焼き栗が秋の庶民的なおやつでもあった。

 その上から、形を残すようにして仕上げた林檎のジャムをのせていく。

 これで完成。

 あとは冷ましておけばいいだろう。




 いつもよりもお菓子作りに時間がかかってしまったが、まだ開店時間まではいくらか余裕がある。

 この時間は師匠であるシャイトからドールドレスの作りを教わることのできる時間なのでメルにとっては貴重なのだ。



 秋もののドレスの色合わせについて教わっていると、何かが聞こえてくる……これは茉莉花堂の開店時間と定めている時間の鐘の音だ。

「いけない、入り口の鍵開けなきゃ!」

「おいメル」

「シャイト先生、今日もありがとう! 開店準備してくるから!」

 大慌てで、茉莉花堂出入り口の鍵を開けるメル。


 と、ちょうどその時だった。

 店の前に馬車が止まる気配と音がした。


 こんなに早い時刻にお客様とは、どなただろうと思いながら、メルは髪とドレスの裾を整え、ドレスに糸くずなどがついていないかも点検しはじめた。





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