その思い出に決着を(その一)
それから四日後、メルは花咲く都からかなり北にある街道を行く馬車に乗っている最中だった。
その馬車はその見た目こそ華美なものではないが、つくりは頑丈で乗り心地はとても快適なものだった。それもそのはず、リヴェルテイア侯爵家の馬車なのである。
馬車に乗っているのは、ジルセウス・リンクス・リヴェルテイア侯爵子息。それにメルとユイハとユウハ、あとはもう一人。
「さっきおばさまがね、キャンディ買ってくれてたの。一緒にたべましょ、ユウハお姉ちゃん、メルお姉さん」
黒いポシェットを一生懸命ごそごししているのは、喪服の少女メアリーベルだった。あまりに懸命にポシェットの中のキャンディを探しているので、痩せた膝に座らせたドール、レナーテイアが今にもすべり落ちてしまいそうになっている。
「ほら、落ちるぞ。大事なんだろう? しっかり抱いてるんだね」
今にも馬車内の床に落ちると思われたレナーテイアをメアリーベルの膝の上に戻したのは、ユイハの手だった。
「わ、ありがとう。ユイハお兄ちゃん」
「それと、僕とジルセウスにはキャンディくれないのかい?」
「だって、男のひとは甘いもの好きじゃないものなんでしょ?」
「甘いもの好きな男だっているんだよ。覚えておくといいよ」
「じゃあユイハお兄ちゃんと、ジルセウスさまにもあげるね」
素直にそう言って、メアリーベルは薄紙に包まれたキャンディを5つ、取り出した。赤いの、ピンクの、オレンジ色の、黄色の、そして白いの。
「私オレンジがいいわ」
「じゃあ私ピンクにする」
「じゃあ僕は赤をもらおうじゃないか、ユイハくんは白のハッカ味をを遠慮なく受け取ると良い」
「なんで僕が」
「い、いいの……ユイハお兄ちゃん、わ、私ハッカ味好きだから……」
「……その、やっぱり僕が白のハッカ味でいい」
五人は、この馬車旅ですっかり仲良くなっていた。
もう一台、ベルグラード男爵家の馬車が先行していて、そちらには男爵と男爵夫人が乗っている。メアリーベルは向こうの馬車に乗ることもあるが、ほとんどはこちらの侯爵家の馬車に乗って、メルやユウハとおしゃべりをしていた。
「そろそろ、メアリーベルの故郷が見える丘に着く頃かしら?」
ユウハが窓の外の景色を眺めながら、誰にというわけでもなくつぶやく。さすが侯爵家の馬車というべきで、窓のガラスはまったくといっていいほどに歪みがない代物だった。
「んー、まだもうちょっとかかるだろうって、さっきおじさまとおばさまが言ってたよ。山との距離的に……うーん、夕方前には、つくと思うよ」
「夕暮れの紅に染まる丘か、なんとも詩的なものだね」
「ジルセウスはなんでもキザに表現しすぎだろ」
「……」
そんな風に賑やかな馬車の中で、メルは目的地に近づくにつれて口数が減ってきていた。
メルは、嫌な予感がするときにはうなじがびりびりする感覚がするのだが、それがどんどん強くなっていっている気がする。
……本当に、大丈夫なのだろうか。この少女――メアリーベルを故郷の近くまで連れて行くなんて、やっぱり、この子は王都に帰すべきではないだろうか。何かあってからでは遅すぎる。ひとは真実など知らずに生きて行くことが幸せなことだってあるじゃないか。
そんなことを考えいると、思わずエヴェリアを抱きしめる腕に力が入る。
「メル」
そんなメルに顔をぐぐっと近づけて、低く抑えた声で話しかけてきたのは隣にすわるユウハだ。
「……ユウハ?」
「余計なことは考えなくていいと思うわ、今はまだ、ね」
「……そう、だね」
やがて、二台の馬車は、街道のとある場所で停止した。
すこし向こうには小高い丘がみえる。
時刻は、さきほどメアリーベルが言っていたとおり、夕方と言うにはすこしはやいだろう時刻だ。
ここからは馬車では行けないので徒歩だ。
今日はさすがにメアリーベルも比較的歩きやすいブーツだった。メルも似たような靴である。
ユイハとユウハは歩きやすい靴どころか、普段騎士学院でのあれこれで遠出するとき用の、冒険者のような動きやすい格好をしていた。
ジルセウスはいつもと変わりないような瀟洒な服装に見えるが、長くまっすぐな剣を白い腰ベルトから下げていた。それが飾り物の剣などではないということは、メルにはすぐに分かった。
メルはエヴェリアを抱いて一緒に馬車を降りる。
エヴェリアも一緒に居てほしいというのが、メアリーベルの願いだったからだ。
「意外と空気が冷たいね、上着はもってこなかったけど大丈夫?」
「大丈夫だよメルお姉さん、ここらの空気は冷たくてもいい空気なんだからいくら吸い込んでも風邪なんてひかないもの」
メルとメアリーベルは片手にそれぞれの相方であるドール、そしてもう片手は繋いで丘を登っていた。
ユイハとジルセウスは先を歩き、ユウハはメルたちのすぐ後ろに、そして男爵夫妻はそれより少しばかり遅れて後方についていた。
ごくごく小さな野の花が這うように咲いている地面を踏みしめ、メルとメアリーベルは名前もないだろう丘を登る。
そして――
二人は丘の上に登りきった。
すこし遠くに、たしかに小さな村のような、柵にかこまれた小さな家がいくつも見える。
「あれが、私とおとうさんのおうち」
メアリーベルは村の中のどの家でもなく、村の外に一軒だけぽつりと建っている建物を指差した。
「あそこに、おとうさんがねむってる」
と、メアリーベルが墓地らしき村のある一点を指差そうとして――
「村長、さん?」
メアリーベルが呆然とした声をあげる。
……無理もない。村長だろう初老の男を先頭に、殺気をみなぎらせた村の男達が武器や農具を手にこちらに向かってきていたのだから。
メルは、運命のサイコロが最悪の目を示したことを悟った。
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