File045. 土の精


 およそ六百年前には、“採掘”、“精錬”、“加工”に加えて、良質な金属鉱床を探す“探鉱”が職業のひとつとして成立していたと言われている。

 今となっては“幻の第四の職業”であり、その技術と知識はすでに失われたと考えられていた。


 地道な鍛錬と実践を大切にするドワーフ族において、技術と知識は親から子へと受け継がれるものであり、本に残したり学校で教えるものではない。

 それらの習得は見よう見まねであったり実践をともなう口伝によるものであって、“紙に書かれたものを読んで身につくなら苦労はしない”というのが職人気質のドワーフらしい考え方だった。

 だから“探鉱”をする家も職人も存在しない今、その技術と知識は完全に途絶えたと誰もが思っていた。


 だからリュシアスは覚悟していた。

 新たな鉄鋼床を探すためには、“加工”に特化された自分の土の精ノームに無理を言い、実際に地面を掘らせてみるしかないと。

 それでもリュシアスが自分の手で穴を掘るよりは、何倍も速いはずだった。




 リュシアスは戦士としては超一流だが、加工職人としては二流だった。

 その原因の半分が父親から譲り受けた土の精ノームにあったことは、誰もが認めるところだ。

 リュシアスの土の精ノーム――先祖代々受け継がれてきた彼はもちろん“名前持ち”であり、名をダブドという――は、はっきり言ってヘッポコだった。


 ドワーフ職人の腕は、その半分が土の精ノームの腕で決まると言われている。

 それぞれの家に伝わる土の精ノームには、それぞれに得意な作業があり、ドワーフたちはそれを土の精ノームの個性、あるいは才能と考えていた。

 実際にはナノマシンシステム上のプログラムにすぎない六精霊の一種、土の精ノームにスペックの差はない。

 土の精ノームの能力差は、その個体が何をどれだけ学習してきたかの違いである。


 リュシアスの家系は代々“加工”を担ってきたため、ダブドは“採掘”や“精錬”より“加工”が得意だった。

 それでも“加工”を担当する他家たけ土の精ノームと比較すると、明らかに作業の精度は低く仕事が遅い。

 当然、難易度と報酬が高い仕事は腕のいい職人に回されていた。

 それによって他家の土の精ノームがますます腕を上げるのに対し、リュシアスのところには簡単で安い仕事しか回ってこない。

 同じようなことが何世代も続いた結果が今の土の精ノームの実力差なのであり、一朝一夕でくつがえせるものではなかった。


 だからといって、加工の品質が悪くても許されるというわけではもちろんない。

 採掘、精錬を経た最高品質の金属が、リュシアスの加工で二流品に成り下がる。

 それは採掘と精錬を担当した職人からすれば、たまったものではなかった。


 生まれつきの才能に個人差があるのと同様に、土の精ノームに能力差があるのは当然のこととされていた。

 認められたければでカバーするしかない。

 それは職人に限らず万人に共通する真理である。

 人が生まれながらにして平等ということはありえないのだから。


 だからこそリュシアスは、ダブドをそれなりに上手く使いこなしていた父親を尊敬するようになった。

 せめて父に追いつきたいと願った。

 彼は仕事を続けながら根気強く、自分とダブドの加工技術を向上させようと努力したのだ。

 しかし三年が過ぎても、腕が上がることはなかった。


 彼が仕事の出来の悪さを、すべてダブドのせいにするようなことがなかったのはそのためだ。

 彼は自分に父親ほどの才能がないことを悟った。

 加工品の出来が悪い理由の半分は自分にあり、自分とダブドは似た者どうしだとさえ思うようになった。


 そしてさらに三年後、リュシアスは戦士としての才覚を世に知らしめることになる。

 リュシアスは加工職人としては二流だが、戦士としては超一流だった。

 一年に一回開催される武術大会での初優勝。

 その優勝賞金は莫大で、一回優勝すれば家族を十年食べさせられるほどだった。


 そして二十連覇の達成。

 仕事の片手間で作れる記録ではなかった。

 リュシアスは代々続いた加工職人をめ、軍に所属していた。

 今でも後悔はない。


(加工職人を続けていても、父母や兄弟を食べさせていくことはできただろう。だが、それだけだ――)


 武術大会の優勝賞金で二人の弟をヒューマン族の学校に通わせることができ、二人はそれぞれ独立して商人として成功していた。

 成功した秘訣は、ドワーフ族の中で彼らだけがドワーフ領からエルフ領への流通ルートをヒューマン族の通商ギルドを介さずに確立したことであり、エルフ蔑視の意識が比較的低いところはリュシアスと同じで父親譲りだった。

 父母も健在で上の弟が面倒を見ている。


 “加工”の仕事がなくなったダブドは、相変わらずリュシアスと一緒にいた。

 ダブドは人に使役されるために存在する精霊にすぎないが、リュシアスにとっては人生で一番苦しかった時期に苦楽をともにした相棒だ。

 腕の悪い土の精ノームでも引き取り手はいたはずだが、安く売る気にはなれなかったのである。

 そして加工技術はヘッポコのダブドでも、武器の手入れをさせるくらいなら問題はなかった。



  ***




「今日もダメかもしれん……が、よろしく頼むぞ、ダブド。頼りにしている」

「あー まかせておけ リュシアスさん。あー 地下千キロを二時間ってところ かの?」


 身長が二十センチで老人の姿をした小人が、リュシアスに笑顔を向けた。

 ニヤリと笑い返すリュシアス。


 リュシアスがはぐれドワーフとしてドワーフ領を出てから九十一年。

 新たな鉄鋼床を求めて一人旅を続けた彼は、ドワーフ領がある北アメリカ大陸から半砂漠化したベーリング海峡を抜け、中央シベリア高原の東部にまでたどり着いていた。


 ダブドの両腕――触覚器フィーラーが伸び、それぞれの先端が大きな円柱を形成する。

 右手の円柱部分は直径が二メートルもあり、左手はその半分ほど。

 いずれもダブドの本体よりはるかに大きい。

 円柱の先端面には無数の突起が並んでおり、見た目はかなり禍々まがまがしいものだった。

 生き生きとしているダブドを見て、リュシアスは九十一年前のことを思い出した。





 ――“探鉱”をする。


 リュシアスがその言葉を初めて口にしたとき、ダブドの目尻がそれまで見たことがないくらい下がった。

 まるで目に入れても痛くない孫を見るような、だらしないほどの笑顔。

 てっきり苦い顔をされると思っていたリュシアスは驚いた。

 “加工”に特化したダブドは、“探鉱”という言葉さえ知らないだろうと思っていたからだ。

 だが違った。

 違ったのだ。


 ダブドはその両腕――触覚器フィーラーを、リュシアスが今まで見たことがない円柱形に変形させた。

 自慢に。


 ――ダブド、それはなんだ?

 ――あー “ドリル” じゃ リュシアスさん。あー 正確には “掘削ビット” じゃな。“探鉱”専用の道具 と言えばわかる かの?


 リュシアスは知った。

 ダブドは“加工”に特化した土の精ノームではなかった。

 何百年前かはわからない。

 リュシアスの家系は、かつて“探鉱”を生業なりわいとしていたのだ。

 大鉄鉱床が発見され、“探鉱”で稼げなくなった先祖が転向した職、それが“加工”だったに違いない。

 そうだとすれば、ダブドの“加工”に関する知識が数百年分しかないのに対し、“探鉱”に関する知識は数千年分あるのかもしれなかった。


 ――はは、なんだダブド、おまえ。はははははは。


 リュシアスは笑った。

 豪快に笑った。

 心の底からスッキリした気分だった。





「あー どうした リュシアスさん?」


 ダブドの声で現実に引き戻されるリュシアス。

 ダブドが主人の合図を待っていた。


「行ってくれ、ダブド。二二五〇回目の掘削ボーリング調査だ」

「あー 了解 じゃ」


 右のドリルがうなりをあげ、大地に直径二メートルの穴を穿うがつ。

 砕かれ掘り出された土砂がその山を大きくしていく。

 リュシアスはただそれを見守るだけでよかった。

 土砂が作る山の位置は最終的な掘削量を考慮して決められているし、成分分析は掘削と同時にダブドが済ませている。

 ダブドが“探鉱”に特化した土の精ノームであることは間違いなかった。



 しばらくして異変があった。

 いつもなら二時間は戻らないはずのダブドが、一時間で戻ってきたのだ。


 リュシアスの心臓が跳ねた。


(もしや……見つけたのか?)


「あー リュシアスさん」

「どうした、ダブド?」


 ダブドののんびりした話し方はいつものことだが、この時はいつも以上に間があった。


「あー 地下に空洞を見つけた のじゃ」

「空洞?」


 ダブドが報告した内容は、リュシアスの期待とは違うものだった。


「それがどうかしたのか? 詳しく説明してくれ」


 鉄鉱床どころか金属鉱床でさえないことがわかり、がっかりするリュシアス。

 地下で空洞が見つかることは珍しくない。

 それだけの理由でダブドが掘削を中断したとは思えなかった。


 九十一年の旅の間に、ダブドが地質の専門家であることはわかっている。

 リュシアスが知りたい情報を的確に伝えてくれるはずだった。

 だが――。


「あー 一緒に下へ 来てくれんか の?」


 困り果てた顔のダブド。

 彼のそんな顔を見るのは、“探鉱”の旅に出てから初めてのことだった。



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