File019. 木の精
精霊たちは生き物ではない。
そして人に積極的に干渉してくることもない。
それが予言書を読んだカイリの認識である。
「あの…… 私と 契約 して?」
池のほとりであぐらをかくカイリの前に、身長十五センチの少女がいる。
外見は十歳くらいの緑髪、緑目で、小麦色の肌をした小人だ。
彼女は六精霊の一種、
人が出す
予言書に彼女の絵や写真が載っていたわけではないし、載っていたとしてもカイリが瞬間記憶で覚えられるのは文字列だけである。
だから精霊が小人の姿になることは知っていたものの、実際に見るのは初めてだった。
予言書を読んでカイリが想像したのは、オモチャの人形だった。
だが目の前にいる
「カイリの思考に反応しただけです。命令すれば、また種に戻ります」
マティがそう教えてくれた。
カイリとしては予言書にあった記述との違いが気になっていた。
精霊は人に積極的に干渉してくることはないはずだ。
「精霊の方から契約を希望してくるとは思わなかった」
「そうですね。この子は珍しいと思います。ただ、精霊にも個性がありますから。同じ
(個性か……そういうものかな)
腑に落ちない表情のカイリ。
マティが少女のそばに降り立った。
「あなた、名前は?」
「あの…… フェス と いうです」
「そう。私はマティ。フェスと契約するかどうかは、ここにいるカイリが決めます」
そう言って少女と一緒にカイリを見上げるマティ。
「カイリ、この
正確には、知恵や知識は学習しても、個人的な記録は抹消されるようにできている。
精霊システムが公共サービスとして開発されたゆえの処置だ。
個人情報保護のためだと予言書には書かれていた。
前の使用者の情報を新しい使用者が知ることがないように配慮されている。
とはいえ、前の使用者がつけた名前まで抹消する必要があるかどうかは微妙なところだろう。
「長い間大切にされた精霊は、主人から与えられた名前を覚えていることがあります。フェスというのは、サナトゥリアよりも前の主人がつけた名前ではないでしょうか」
「そうだな。サナトゥリアは
マティの話には続きがあった。
「
「そういうことか」
予言書に書かれていたのは精霊システムの初期設定にすぎない。
学習機能を持つインターフェースが作られてから五千万年。
生命の新しい種が生まれてもおかしくないくらいの時間を学習した精霊たちの一部が、ルールの範囲内で積極性を身につけたとしても不思議ではないのかもしれない。
「…………」
しばらく考え込んでいたカイリがはっきりと言った。
「フェスと契約したい。理由は、精霊についてよく知っておきたいというのと……」
ニヤリと笑うカイリ。
「ちょっと頼みたいことがある」
「あの…… わかった です!」
にこおっと満面の笑みを浮かべる緑髪の少女。
こんな笑顔を最近見たなとカイリは思った。
邪気のない、喜びでいっぱいの笑顔。
(そうか。世界を救えると俺が言ったときの、マティの笑顔だ)
現代人が大人になるにつれて忘れてしまう素直な笑顔を、彼女たちは持っている。
「あの…… 契約は 受理された です」
「あ、うん、よろしく」
精霊との契約は、その言葉だけで完了したようだった。
光が踊るようなエフェクトでも見られるのだろうかと考えていた自分を少々恥ずかしく思うカイリ。
(
そんなカイリの内心とは関係なく、フェスの表情は明るい。
何かをしたくてウズウズしているように見える。
「あの…… 頼みは 何 です?」
「うん。フェスの成長限界いっぱいまで根を張って、地面の下を調べてほしい。何か変わったものがあれば教えてくれ」
「わかった です!」
フェスの姿が消え、大きな双葉だけが残った。
その周囲の地面がボコボコと放射状に盛り上がる。
地上からは見えないが根を伸ばしているのだろう。
“卵”が見つかることを期待するカイリ。
「そういえばフェスの――
話しかけられたマティが首を傾ける。
「根を張るスピードには個体差があるようですが、成長範囲の限界は私も知りません。ただ、同じ個体でも環境によって変わると聞いたことがあります」
「ああ、そうか……」
カイリには思いあたるフシがあった。
(張り巡らせる根の材料は、無から生まれるわけじゃないもんな)
周囲を見渡すカイリ。
ここは深い森の中である。
森の外とくらべて存在比率が圧倒的に高い元素がある。
植物を構成する主原料――
森と
(……もしかして、この森全域をカバーするんじゃないだろうな)
カイ・リューベンスフィアの屋敷から見おろした大地は、地平線まで密林で埋められていた。
成長限界いっぱいまで――。
確かにそう言った。
言ってしまった。
良かったのだろうか……そう考える心配顔のカイリを、マティが不思議そうに見つめていた。
その小さな頭を傾けて。
***
天井から垂れ下がった淡い色の布が幾重にも重なっている。
それをかきわけて進み、最後の布の前で金髪の男が立ち止まった。
「エステル様」
男がそう声をかけると、布の向こうから返事があった。
「レイウルフか。入れ」
「失礼いたします」
金色の瞳の男が、くぐった布の前で右腕を胸に当てた。
エルフ軍隊礼式の敬礼である。
部屋の中には、白く美しいストレートの長髪を垂らした背中を向けて、若くスレンダーな女性が薄着で立っていた。
二人きりの部屋で背を向けていることから、女性が男を信頼していることがわかる。
二人とも長くとがった耳をもつエルフ族だ。
「何かあったか?」
エステルと呼ばれた女性が振り向かずにそう尋ねた。
背を向けたまま香茶をいれている。
心地良い
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