土曜日~sleep~


 翌日、僕は寝坊した。寝ぼけた目で目覚まし時計を確認すると、時計の針は十一時を指している。

「えっ?!」

 僕は慌てて起き上がると、スマホの時計も確認した。スマホも目覚まし時計と同じ時間を示していた。

「なんで? 目覚ましは?」

 目覚まし時計はすでにオフになっていた。スマホに至っては毎日繰り返し設定になっていたはずなのに、設定自体が無効になっていた。もちろんそんなことをした記憶なんて僕にはない。あわてて着替え、下に降りていく。

 居間にいるはずの先生がいない。寝坊した僕に呆れ、先に調査に出てしまったんだろうか。それとも先生も寝坊している、とか?


 客間の引き戸をするすると開け、中を確認する。

「あれ?」

 なんだか違和感を感じて、部屋の中に足を踏み入れた。あたりを見回して、先生の荷物がないことに気が付く。あの大きなキャリーケースがなくなっている。

「先生?」

 部屋の隅にある小さなテーブルの上に、封筒がのっていることに気がつき手に取った。おもてには「勇気くんへ」と書かれている。僕は封を切り、中にある手紙を取り出した。

 僕は震える手で便箋を掴み、食い入るように目をこらしながら一言一句追った。


『まず、なにも言わず立ち去る無礼を許してください。勇気くんのお父さん、お母さんには昨夜のうちに挨拶をすませました』


 なにを言ってるんだ? 立ち去る? 挨拶?


『僕が一目ぼれした勇気くんが、僕のことを好きといってくれて本当にうれしかった。でもそれは、前にも言った通り僕が君にキスをしたことが原因の、一過性の気の迷いだから』


 僕は手紙を握りしめ、部屋を飛び出した。


『君は僕と違って男が好きなわけじゃない。たまたま気になった相手が……僕が男だったってだけのことだ』


 もどかしげにスニーカーを履き、家を出て港へと向かう。


『ひと夏の過ちだと思って、忘れてほしい。君に出会って、君が僕のことを好きだと言ってくれて、自分の気持ちを抑えられなかったダメな大人である僕を許してほしい。いや、許さなくてもいい。恨んでくれてもいい。まだ若く前途洋々の君のハジメテを奪ってしまった男のことを』


 角を曲がれば船着き場まで直線で数百メートルだ。


『僕は君のことが好きだ。でも、僕が君にしてあげられることは、君の前から姿を消すことしかない。君の未来に幸多からんことを祈りながら、僕は君のもとを離れる。これが僕の贖罪』


 角を曲がると船着き場に船はなかった。僕は来た道を戻り、家の前も通過して山の上へと登る。見晴らしがいい場所で、小さくなった船を確認した。


『愛してる。さようなら』


 手紙をぎゅっと握りしめ、その手を木の幹にドンッと叩くように押しつけた。

「ふざけんなっ。なんで黙って行っちゃうんだよっ。〝愛してる〟のに、なんで〝さようなら〟なんだっ。ふざけんなっ」

 木の幹にうなだれるように額を擦り付ける。

「わぁぁぁぁぁっ」


 ────降り注ぐ蝉しぐれの音。その中で僕は力の限り泣き叫ぶ。


 僕はここにいる。


 僕はここにいるんだよっ。


 僕に、気づいて────。


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