木曜日~sing~

 翌日の先生はひどく事務的で────あえて僕と距離を取っている。そんな気がした。

 そうだよね、僕が先生を好きだって、迷惑だし、なにより気持ち悪いよね。男が男のことを好きとか、そんなの周りにはいない。でも、こうもあからさまに距離を取られると、悲しいを通り越していらだちを覚える。

「勇気くんはここで待っていて。僕はちょっと下ったところで音を拾ってくるから」

 そう言って僕の方を見ようともしないで、山の斜面を降りていった。そんな先生の後姿を目で追う。

 先生はだいぶ下ったところでヘッドフォンをして、パラボラみたいなあのマイクをあたりに向けていた。

「先生……。好き……」

 先生に聞こえるわけがない。それでも僕はうわごとのように無意識に繰り返していた。

「大好き……。先生……」

 すると先生がこちらを見て固まっている。聞こえるわけないのに……と、その時マイクが僕の方を向いているのに気が付いた。

 もしかして、聞こえている?

「先生……。好きです。大好きです」

 遠目からでもわかるほど、先生の顔が赤くなっている。弾かれるように僕は斜面を降りながら、先生のもとへと向かった。

 先生はその場に足が縫い付けられたかのように動かない。

 先生のところまであと少しというところで、僕は折れた枝を踏んでパキッと大きな音を立てた。その音にハッと我に返った先生が、逃げようとする。

「待って!先生っ」

 先生は逃げるけどそこは道なき道。後から追う僕の方が断然有利だった。あっという間に先生に追いつき、腕をとる。

「なんで逃げるんですかっ」

「だめだっ。ダメなんだっ」

「何がダメなんですかっ」

 先生の両腕をガシッと掴み、正面から先生を問いただす。先生は横を向き、僕と視線を合わせようともしない。

「そんなに僕のこと、嫌いですかっ? そんなに僕は気持ち悪いですか?」

「違うっ」

「男が男のことを好きとか、そんなにダメなことですかっ?!」

「違うっ。そうじゃないっ」

 先生が吐き捨てるように言って、僕は先生の次の言葉を待った。

「僕の……せいなんだ」

 思いがけない先生の言葉に首を傾げながら先を促した。

「なにが先生のせいなんですか?」

 先生が黙り込んでしまう。僕は先生の腕に爪をたてるようにギュッと力を入れた。

「僕が……酔ったふりをして勇気くんにキスをしたから……勇気くんは勘違いしてしまったんだ」

「勘違い?……って、酔ったふり??」

 先生がコクンと頷く。

「僕は……ゲイなんだ」

 今度は僕が黙り込んでしまう番だった。

「僕は……港で初めて君を見たときから……君のことがかわいくて仕方がなかった。港で頬を染めながら、でもそれを悟られないようにワザとぶっきらぼうな態度をとる勇気くんが愛おしくて……酔ったふりをして、君に抱き付いて……キスまでしてしまった……」

「……」

「どうかしていた。僕は自分の気持ちを抑えきれなかったダメな大人だ。恋愛経験の少なそうな君は、たぶんそれで勘違いしてしまったんだよ。僕が好きだと」

 先生が自嘲めいた笑みを浮かべ僕を見た。それとは逆に、僕は顔を赤くし目の端に涙をためてわなわなと震えながら口を開いた。

「……この気持ちを、勘違いだというんですか?」

 先生はこくんと頷く。

「僕が、恋愛経験ゼロで童貞で田舎者だから、からかったんですか?」

「えっ。ちょっと待って。童貞も田舎者も言ってな……」

「僕が先生とキスした翌朝、夢精したって笑ってたんですかっ」

「ちょっ。ちょっと待……」

「僕がっ僕がっっ」

 続きの言葉は言えなかった。

 先生が────その唇で僕の口を塞いだから。

「ん……」

 クラクラするような、激しいキス。僕のすべてを奪うような、荒々しいキス。

 周りの緑が僕たちを取り巻くようにぐるぐると回る。

 蝉の鳴き声がうねりとなって僕達に降り注いだ。


 しばらくして、先生がそっと唇を離した。僕を見る目が、熱く潤んでいる。……僕も同じような目をしているんだろうか。もっと欲しい、そんな色にまみれた目を。

「先生……。僕、もっと先生のことが知りたいです」

「勇気くん……」

「先生言ってましたよね?〝何事も、知ろうとしないとわからないことがある〟って。僕に先生のすべてを教えてください。僕は先生のことを知りたい」

「ダメ……」

「先生っ」

「今日は……準備をしていないから、ダメ……。明日……。明日なら……」

 先生はそう言って顔を赤くしてうつむいた。


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