雪国物語

@yoshio

第1話

「昨日、カブコが言ってたんだよ。ホワイトクリスマスだね、って」

眠気の残る半開きの目でタイが言った。手にはコンビニで買った肉まん。いつもと同じく肉まん2つと野菜ジュースが朝メシのようだった。

カブコって誰だよ、と聞きかけてこいつが好きなアイドルがそんな名前だったことを思い出す。フルネームはさっぱりわからねえけど。

「クリスマスって、まだ12月になったばっかりだろ」

「おまえね、もしかしてわかってない? オレがいましてんの、昨日の神クリの話よ?」

俺はああ、と白い息を吐いた。『神様のクリスマス』とかいうドラマのCMはテレビでよく見かけるからすぐに思い出せた。

「な、シンヤ。ホワイトクリスマスってわかるか?」

窓ガラスを見て熱心に髪をいじりながら、そんなことを聞いてくる。朝飯を食いながらもタイの片手はせわしなく動き回っていた。

「馬鹿にしてんのか、あれだろ、雪降ってるクリスマスのことだろ。ま、俺はホワイトじゃねえクリスマスなんて知らねえけど」

「そうなんだよ」

タイはぐい、と肉まんを口の中に詰めこんで野菜ジュースで流しこんだ。

「おまえ、知ってた? 太平洋側だと冬でも雪降らねえんだって。だからドラマだと大抵ホワイトクリスマスなんて大袈裟に騒いでんだよ。ずりーよな、同じ日本なのによ。つまり太平洋側の高校生は冬でも毎朝叩き起こされて除雪しなくていいってことだろ、卑怯じゃん」

別に卑怯ではないだろ、と思ったが、そうだな、と頷く。

毎朝、除雪機の走行音が目覚ましがわりで、親の車が車庫から出られるように親父と2人で雪掻きをする。自転車も乗れないから駅までは歩いて行くことになり、当然ながら寒い。卑怯ではないが、なんで俺たちだけが、と思うことは多々ある。しかも、その苦労の分得をすることなんて何もない。こんな場所、最悪だとそう思う。

周りにいた他校の制服たちが立ち上がる。電車が来た。今日は風で遅れたりはしていないようだ。

「ちぇ、この前みたく1時間くらい遅れりゃいいのによ」

あー、と大あくびをしながら腕を真上に伸ばすタイ。俺もいじっていたスマホをズボンのポケットに入れて、かわりにそこに入っていた薄いオレンジ色の切符を取り出した。改札にはすでに列が出来上がり、駅員がそれに1人で対応している。

「ところで、おまえ、切符買ってんの?」

「あ、やべ、ってサイフ、ポケットに引っかかって出てこねえ。ちょ、シンヤ、先行って車掌さんにストップって言ってくれ」

「心配すんな。遅刻しても殺されないから」

そもそもストップなんて言ったところで待ってくれるわけがない。

薄情者、というタイの声を背中で聞きながら改札をくぐる。ぼたぼたと大きな雪が、鉛色の空からとめどなく降り注いでいた。



「ジョシコーセーはすげーよな、寒くねえのかな、この時期でもスカートって」

辛うじて同じ電車に間に合ったタイが、真剣な目でひらひらと揺れるスカートを凝視しながら呟く。

「あの黒いタイツだけでよく平気だよな。オレ、ズボン履いてても無理なんだけど。あ、でもスカートの下にジャージはやめてください。オレが生徒会長にもしなったら絶対それ禁止する校則作るから」

こいつが生徒会長になるなんてことはまずないだろうが、その校則は是非とも誰かに作ってもらいたいと思う。

きゃあ、という可愛らしい声が聞こえ、顔をあげると誰かが尻もちをついていた。

「見えた? なあ、今、見えた?」

「この距離じゃあ俺の目だと見えてても見えねえよ」

「でも、見ちゃうんだよなあ〜」

ばん、とタイに思いきり背中を叩かれる。やりかえしてやろうと手を振り上げた俺から離れようとして、タイがすてんと派手に転んだ。周囲からもクスクスと笑い声が聞こえ、俺は振り上げていた手をタイにかした。

家から駅まで歩いて30分。駅から1時間に1本の電車で20分。そこからまた30分ほど歩いたところに俺たちの通う高校はある。

全校生徒でちょうど600名。『一応は進学校』というのが周囲からの評価で、毎年卒業生の半分くらいは県内の国立大に進学している一方、就職する者、専門学校に進む者、稀にではあるが卒業前に退学するヤツもいる。勉強も部活も目立った成績はなく、そのどちらもが厳しくもなく、緩くもない。

そんなそこそこ感が人気だったが、今年の入試で遂に定員割れとなったという話だ。これで、市内の高校は全てが定員割れという状況になった。

若い連中が年々少なくなっていっている、なんていうのはもう飽きるほど聞いた話だったが、自分の学校がそんなことになるまで確かな現実感を伴って耳に入ってきたことはなかった。外国のテロだの経済がどうのこうのと同じような、特に興味もない噂話のようにしか理解していなかったのに。

「俺たちの町、いつまであんのかな」

不意に、そんなことを言ってしまっていた。

「なんだよ、急に」

「いや、おまえも知ってるだろ。ウチの学校、今年初めて定員割れしたって。ここでそんなことが起きるんなら、あの町なんてあっという間に消えちまいそうじゃん」

このS市には俺たちの町と比べ、おおよそ10倍もの人間が市民として暮らしている。そして仕事や学校で周囲の町からさらに多数の人間が毎朝流れ込んできているはずなのに。それでも、定員割れがおきるくらい人が減っている。年々、徐々にではあるが、確実に。

「そりゃ、そうなるだろ。大学で県外行ってそのままそっちで暮らしてくのが増えてるって話だし。そんで若いのがいなくなって、子供もいなくなって、皆いなくなっちまうんだ。おまえだってそうなるんじゃねえの。帰ってくる気ある? あの町に」

タイの問いかけに、俺はふん、と鼻で笑った。

「絶対帰ってこねえよ。何があっても」

田舎で、大した遊び場所もなく、毎年冬には雪相手に苦労させられ、そのくせ夏はしっかり暑い。

人が減り続け、生まれ故郷が寂れていくのはどこか物悲しくもあるけれど、それでも昔からこの気持ちだけは変わらない。

俺は、あの町が大嫌いだ。


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