第9話

 彼女は言った。

 確かに彼女の言うことは説得力があるけれど、全ては推定でしかない。

 それでも、彼女は断定した。

 まるで、自分の考えに間違いがあるわけがないと言わんばかりに。

「結局、君は何のためにこんなことをしたんだ?」

 僕を眺めるようにしながら、さっきまでの詰問口調とは打って変わって、彼女は優しく質問してきた。

 だから、僕は答えた。

「単純な話ですよ。僕は一人になりたかっただけです」

「一人に?」

「えぇ。屋上は唯一、学校で一人になれる場所だったんです」

 その法則は崩れてしまった。

 彼や彼の友達だった生徒が屋上に来るようになったために。

 だから、彼等の屋上へ来る理由を無くすために嘘を吐いたんだ。

「ふーん。成程ね」彼女は納得したように頷き、一瞬止まる。「……あぁ、だからか。だから中途半端だったんだな?」

「えぇ。恐らくあなたの想像通りですよ」

「つまり、どちらでも良かったんだな」

「はい」

 正直な話、僕としてはどっちでも良かった。

 彼の中で、ドッペルゲンガーの話が終わりさえすれば、いずれ僕のところに来ることは無くなるだろうから。

「結局の所、君は結果を早めただけなんだな」

「結果的にはそうなりますね」

 僕は特に悪びれずに言った。

「…………」しばらく睨み付けるようにしながら「はぁ」と、彼女はため息を吐いた。「何で君はそうなんだろうね。熱意もなければ犯意もない。生殺与奪ではないけど、せめて目的をどちらかに絞るべきだろう。今回の件にしても結局、君は彼に無意味に希望を与えて、その希望を絶望に転換させただけだ」

 君は残酷だね――と、彼女は付け加えた。

 その通りだと思う。

 そしてその反面、そうでもないと思う。

 だって、どんなに誰かのためを思って行動しても、その誰かの受け取り方次第で、その行動は目的の逆の作用をしてしまう。これはどうやっても取り除けない矛盾みたいなものだ。今回だって、彼が自分の嘘を何とも思っていなかったら、何事もなかったはずなんだ。

 まぁ詭弁だけどさ。

 自分の行動を正当化する気は更々ないし、

 自分の目的を正常だと思う気もない。

「さてと、これでこの話は終わりだね」僕の思考を遮って、彼女は急に席を立つ。「そろそろ帰ろうか」

 彼女は何事もなかったかのように、そう締めくくる。

 ように、ではなく本当に何事でもないのだろう。

 彼女にとっては。

 それは、僕としてはどうしようもなく悲しいことだ。

 残念なだけかもしれない。

「あ、はい」

 だから、僕も何事もなかったかのように振る舞った。

 彼女が先程まで読んでいた本を、手分けして片付ける。

 それから僕等は帰路についた。

 その帰路の中、僕は考える。

 やはり、今回のことは僕としてはどうでも良かったんだと。

 仮に、彼が僕の嘘を信じて何事もなかったとして、

 彼が僕を友達だと勘違いして、その後屋上に来るようになったとしても、どうでも良かったんだ。

 僕はただ、彼女とこうやって話さえ出来ればいいんだ。

 もしかしたら、僕はそのために――

「何を考えているんだ?」

 横を歩く彼女が言う。

「えっ」

「まさか今頃になって罪の意識が芽生えたわけでもないだろう?」

「……さあ、どうですかね」

「ふむ。君が今回のことをどう考えているかは知らないけれど、あまり気にする必要はないよ。君が何もしなくても、この結果になった気がするしね」

「さっきと言ってることが違いますよ」

「いや、同じことさ。君がしなかったら、私がしたかもしれないからね」

「何故です?」

「彼が都市伝説を軽い気持ちで利用したからかな。私としては許せないことだよ」

 そう言って、彼女は笑った。

 僕はその顔を見て、その目を見て思う。

 嘘か、本当か。

 ……まぁ嘘でも本当でもいいのか。

 彼女はもしかしたら、僕を慰めようとしてくれたのかもしれない。

 だから、嘘を吐いたのかもしれない。

 そんな都合の良いことを僕は考えた。

 結局、人の行為の善悪は、受け取った人次第なんだろう。

 だから、僕は言った。

「ははは。ありがとうございます」

 嘘を吐いてくれて。

 最後の言葉は必要ないと思ったので、言わなかった。

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