第8話

「そもそも今回の事件、誰が聞いても思うことだが、どうも偶然が重なり過ぎているんだ。恐らく自然に流れていれば、彼はこんな目にあうことはなかった。一つ一つの出来事は偶然起きたとしても不自然ではないが、その出来事が全て繋がっていることに違和感を覚えた。――誰かの意思が絡んでいることは明白だ。


「では誰の意思でどんな方法だったのか。――誰かというのは当然、君しかいない。そして方法は一つだ。君は意図的に数ある偶然を繋げたんだよな、一つの嘘によって。


「《信じれば存在するし、信じなければ存在しない》とか君は言っていたね。あれは完全に嘘だろう?


「一般論であることは否定しないよ。私が言いたいことはそういうことじゃないんだ。君が彼に話した、《ドッペルゲンガーについての前例》が嘘だと言っているんだよ。


「《文献に書いてあった》? 一体どんな文献にこんな出鱈目が書いてあったんだか。少なくとも私は見たこともないし、聞いたこともないな。


「あぁ、私が知らないだけかもしれない。でも私の知識量はこの際関係がない。《そういうことに詳しくない》君がそんなに詳しく知っていることが不自然だと言っているんだよ。


「私はこう思うんだよ。文献云々については彼を騙しやすくするためだった。彼が専門家の話には説得力があると思い込んでいたから、それと同等の説得力ある言葉を使ったんだ。嘘や噂の典型例だね。


「彼のために嘘を吐いたと? まぁ、それは否定しないよ。彼が君の話を真摯に受け止めて、ドッペルゲンガーを信じなければこんなことにはならなかったんだからね。――だが、今のも嘘だろう。いや、本音ではあるけれど、まだ言ってないことがあるね。この嘘は彼の取りようによっては善し悪しどちらにでも転ぶ中途半端なものだ。――君はどちらかと言えば、彼を陥れるためにやったんだよな。


「そもそも一つ気になっていることがあるんだ。君がどの時点で彼が嘘を吐いていたことに気付いていたのか。もし最初から気付いていたとしたら、励ますためというのは嘘になる。


「簡単な話だよ。彼は遊び半分でドッペルゲンガーが出たなんて嘘を吐いていた。そんな彼に、《遊び半分で肝試しをしたら本当に怪奇現象にあう》なんて話をしたら、どうなると思う? 逆に不安になるのは想像に難くない。


「そして君は嘘だけでは頼りないと判断した。頼りなかったからこそ、君はもう一押しした。彼に買い物に行くように行動を限定させたんだ。


「いや、彼が同じ服装の人間を見たことは偶然だよ。それに、君はすぐにそうなるとは期待していなかっただろう? 彼が君の言う通りに気分転換に外へ出かけてさえいればいいんだ。そうすれば同じようなことが起こっただろうからね。


「あぁ、今のは仮定の話だ。君が彼の嘘に気付いていなかった可能性はある。――だけど、やはり私はあり得ないと思うね。だって君は《信じれば存在するし、信じなければ存在しない》と、最初から彼に話していたんだ。偶然とは思えない。それに、君が嘘を吐いた理由が私としては不自然に思えて仕方がない。《彼を励ますため》? 確かに友達のために嘘を吐くことは不自然ではない。誰だって自然とすることだ。でも、君と彼は友達でも何でもないよな。そんな他人である彼のために、君が嘘を吐くようには到底思えない。


「情が移った、ね。あれだけ彼に無関心だった君が言う言葉か。情が移ったと言うんなら、名前くらいは覚えているものだよな。――現在の話ではなく、君が嘘を言った時点での話だ。その時、君は既に彼の名前を忘れていただろう?


「そうやって、君は嘘を吐くことで彼の行動を操った。いや、支配したと言うべきか。君は彼を支配して、数ある偶然を繋がるように行動させたんだ。

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