第7話
「それで話は終わりなのか? オチがないな」
僕の目の前で、本を読みながら話を聞いていた彼女は言った。
「オチって……」
「それに、最後の話は誰に聞いたんだ? 君が彼に直接聞きに行ったわけではないだろう?」
「あぁ、それは彼の友達だった生徒に聞いたんですよ」
「友達だった?」
「えぇ。学内の事件直後から、彼等はもう友達じゃなかったみたいですよ。それ以後、加藤くんを避けるようになっていましたしね」
「だが、その元友達は彼に話を聞きに行ったんだよな?」
「はい。罪滅ぼしだとか言ってましたよ」
「ん? 何の罪だ?」
「彼がこんな目にあったのは自分の所為だとか。どうやら事件後の、彼がドッペルゲンガーの話をしていたことを、裏サイトに書いたのはその元友達だったようです」
自分が軽い気持ちであんなことを書いてしまったから、加藤くんが更に追い詰められる結果になったと嘆いていた。そして事故にあったことを聞いて、いたたまれなくなり加藤くんの元へ行ったわけだ。
「はぁ……。何だかつまらない話だったな。聞いて損したよ。何でこんな話を君はしたんだ?」
「いやあなたが無理矢理僕に話させたんじゃないですか!? 最初に言ったでしょう、面白いかは保証しないって!!」
「私はただの謙遜だと思っていたよ」そう言って、彼女は本を閉じる。「しかしまぁ、謎も残っているし、言うほど面白くないわけではないか」
「謎ですか?」
「あぁ。私には分からないことがある」
彼女は人差し指と中指を立てて言う。
つまり、二つだ。
「まず一つ目。彼は何故、ドッペルゲンガーが出たと嘘を吐いたのか」
「えーと、それはどの時点での話です?」
「冒頭の部分だよ。何故そんなことを聞くんだ。君も気付いていただろう」
彼女は睨め付けるように僕を見た。
「……何のことですか?」
ばれてる。
彼女の言う通り、こんなことは僕は分かっている。
でも僕は、彼女の推理を聞きたかった。
彼女がどう聞いてどう考えてどんな疑問を持ってどんな結論を下すのかを知りたい。
だからここはとぼけておくに限る。
「……まぁいい」軽く目を伏せ、彼女は続けた。「《裏サイトに目撃証言が書いてあった》と彼は言っていたね」
「言っていましたけど、それは嘘ではないですよ。彼の友達も裏サイトに書いてあるのを見たと言ってましたから」
「違うよ。その話が嘘だと言っているんじゃない。目撃証言それ自体が嘘だと言っているんだ。裏サイトに書かれていたということは当然、誰が書いたかも分からない。君も知っていることだ」
「あぁ、つまり――」
「そうだ。あれは彼の自作自演だったんだよ。自分と誰かがいる時間帯を選んで、自分で書いていたんだ。だからこそ、それまでの目撃証言には必ず彼にアリバイが存在したんだ」
「だとすると、次の目撃証言はどうなるんです?」
「学内の事件の目撃証言は、彼が書いたものではない。彼にアリバイがないことからも、少なからずイレギュラーであることは分かる。そしてだからこそ、彼はあれほど慌てていたんだよ。その時だけ自分で書いたものではなかったから、印象が強すぎたんだ」
「成程。それで彼はドッペルゲンガーが本当にいるんじゃないかと疑いだしたわけですね。……でも、少し疑ったくらいで自分と同じ服装の人間をドッペルゲンガーと見間違えますかね? 不思議じゃありませんか?」
「不思議かどうかは分からないが、少なくとも不自然ではないね」
それほど追い詰められていたという証左だろう――と、彼女はどうでも良さそうに言った。
「……結局、彼の嘘を吐いた理由って何だったんですか?」
「それは分からないことだと言っただろう」
「でも推測はしているんですよね?」
「人の行動に関しては推測できるが、人の考えに関しては推測できかねるよ。それにそんなことは直接本人に聞けばいいことだ。まぁ、彼の嘘の理由なんて聞くほどの価値もないと思うけどね。彼は間違いなく軽い気持ちで嘘を吐いただけだろう」
問題は二つ目だ。そしてこれは直接聞くことができる。と、彼女は僕の目を見て言った。
その目を見返して僕は言う。
「二つ目は何です?」
「それは、――」
一瞬の間。
彼女の目は言う。
自分で分かっていることだろう、と。
なんて、実際は何を考えているか分かるわけがない。
単純に僕が彼女ならそう言うだろうと思っているだけか、彼女にそう言ってもらいたいだけなのだろう。
彼女は、言った。
「君は何故、彼に嘘を吐いたんだ?」
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