4
兄貴は夕飯の直前の時間にも関わらず眠っていた。
「おい、兄貴」
そんなことお構いなしに僕は彼を起こしにかかる。
「ニート起きてくれ、こんな時間から寝てると社会復帰は一生夢のままだよ」
「最高に失礼だな」
起き抜けに罵倒された彼は不機嫌そうだったが、僕の顔を見て表情を変えた。
「どうした?世界が終わったみたいな顔をして」
「……どうしよう」
「何が?」
「天才に出会っちまった」
兄貴がもう一度寝ようとしたのでとうとう物理的手段に訴えることにした。
※
さすがにギターを腹に食らったのは効いたらしい。兄貴は一発で起きて、僕の話を必要以上に真剣に聞いてくれた。
「つまり、君に告白してきた子の弾くピアノが天才級だったって?」
「僕もちょっと自分で何言ってるかわからなかったけど、要約してくれてありがとう。想像してた以上に突拍子がないね」
下手なエロ漫画の序盤みたいだ。
「それで?」
「え?」
「いやだから、それで君はどうしたいの?」
ギターを僕が握り続けているせいで取り上げられた格好になった兄貴が両手をギターの形に空を切りながら尋ねた。
「その子と付き合いたいのか、それとも付き合いきれないのか。イジメを解決したいのか、もう二度と関わりたくないのか。というかそもそも告白の返事はどうした。まさか演奏に興奮したまま彼女を置いて返って来たわけじゃないだろうな」
「……あ」
ちょっと演奏後の記憶がないことに気付いた。
「君……マジかよ」
「いや、兄貴ちょっと待って。流石にそれはない」
多分。
「まぁそれより君だよ。君の気持ちだよ問題なのは。さっきあげた中で言えばどれ?」
「ぜんぶ、かな」
「……」
呆れたようにため息を吐かれた。
「でも事実なんだよ。僕はあの子がイジメられてることに何も思わないわけではないけど自分が代わりにイジメられるのは嫌だし、彼女のピアノは興味があるけど彼女自身には一ミリも興味が湧かないんだ」
「最低じゃん」
「自分でも言っててびっくりした」
最低だったんだな僕って。知ってたけど。
「ともかく俺にしたところでその演奏とやらには興味あるけど、それ以外に関しては何とも言えそうにない。悪いけど自分で――」
「そういえばあの音楽室。謎な機械が置いてあってさ」
僕はポケットから手のひらサイズの顔のように見えなくもないプラスチックの塊を取り出した。
「……ん?」
「ボタンとか見たら録音できそうだったから、それっぽいメディアに録音してきてみたんだけど」
「え、君カセットテープ知らないの」
「あ、これがツイッターで噂の。巻き戻しとかいう操作がある動画の録れるやつ?」
「違う、それじゃない。A面とB面あるやつの方。これも巻き戻しはあるけど。というか君告白の返事もせずにそんなことしてたのか」
「ほら、早く聞けよ兄貴」
僕が最低なのはもういいから。
「夕飯のあとな」
「何で今すぐじゃないんだよ」
「うちで再生できるラジカセがたぶん、押し入れのなかだから」
「……」
何でそんなくそ古いメディアがうちの学校ではまだ現役なのか、真面目に不可解だった。
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