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少しくらいは悪戯である可能性だって考慮してたけど、流石に100%マジだとは予想してなかった。呼びだされた先の音楽室で布川なんたらは僕のことを律儀に待っていた。どこかに彼女をけしかけた人間が隠れているような様子もない。
挨拶をしたっきり、緊張したように下を俯いて口を開こうとしない彼女の姿に、まさか本当に告白なのかとようやくここらで疑い始めるけど、僕だって一年間も伊達にイジラれていたわけではない。
イジメられる人間は自己評価が限りなく低くなる。
他人に対してのどんな行動もすべて迷惑になるかもしれないと毎日悩みながら呼吸をするのが、イジメられている人間の普通の考え方だ。たとえ百歩譲って布川なんたらが普通じゃないとしても、どうしてよりによって告白で、どうしてよりによって僕なんだという話になる。僕は自分で言うのもなんだけど初対面の相手に昔イジメられていたと打ち明けても何も聞かないうちから納得されるタイプだ。そんな僕を好きになるなんて、天井の染みひとつに顔っぽさを見つけて親しみを感じるくらいの繊細さが要求されると思う。
ほら、ご覧のとおりイジメられた人間ってのは自己評価が低いだろ。
「あの」
まさか僕から口を開くことを暗に強制されているのかと悩み始めるところだったので、彼女のその一言はひとつの救いのようにさえ感じられた。もちろん皮肉だけど。
「はい」
お前が去年イジメられてたのを知ってるぞか、私をかばってくださいか、はたまたこの風景は撮影されていて他のクラスメイトに向けて絶賛放映中ですとか。そんな言葉を予想していた。
「あなたが好きなんですけど」
「…………うん」
おーけー掴みは上々だ、彼女はここからどうやってオチに持っていくのだろう楽しみだ。
流石にもう色々ごまかせない領域に来ている気がしたけど、もう何もかもをごまかし通すことで何もなかったことにできないかなこの子押しが弱そうだし逃げたらそのまま有耶無耶なんて成功しそうだな、とか最低なことを考えていた。これだからイジメられてた人間は、ね。
「あの」
「あ、はい」
何だろうこの口下手同士のお見合いみたいな牽制の投げ合い。
「でも、私自信ないので」
「……」
「ピアノを聞いてくれますか」
「…………ん?」
ちょっと凍結しかけた僕を置いて、すでに踵を返した彼女はピアノに向かっていた。
「あの、えっと」
僕は慌てて後を追いながらかろうじて言葉を発することに成功した。
「僕もピアノ好きだよ」
「私はあなたの方が好きです」
あ、はい。
「えっと、そうだ。こう見えて結構、ピアノは聞くんだ」
ジャズでは定番だし。彼女は椅子に腰掛けながら僕に尋ねた。
「ショパンとかですか?」
「一個前のセリフは聞かなかったことにしてくれるかな?」
ピアノって言ったらクラシックだよな普通に考えて。そりゃそうだ。違うそんなことを考えている場合じゃない。だけど僕の口は逃避を続ける。
「ショパン弾くの」
「自作です」
あれ、やっぱり悪戯なのかこれ?
「ジサク?」
「そういう作曲家はいませんよ。作曲、私です」
うんやっぱりそうだよね。ごめん、知ってたけど望みを捨てきれなかったんだ。
想像してた以上にこの子ちょっと変みたいだ。告白の場面でピアノ弾くのも、その曲がオリジナルなのも、しかもその相手が僕なのもヤバい。何より一番最後のやつがヤバい。
曲のタイトルが僕の名前とかだったらどうしよう。
「行きますよ?」
その一言に覚悟を決める。彼女が弾いている間にこっそりと音楽室を抜け出ようと。静かに立ち位置を彼女の視界外に移し、防音扉までの経路を確保する。
一曲の猶予がどのくらいかは知らないが、狙いは一番盛り上がるだろう中盤。その位置を雰囲気から見計らって帰還するのだ。
僕は演奏が始まるその瞬間まで本気で逃げるつもりだった。
「………………………………え?」
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