神出鬼没の商店街⑨

「だめよ玉子ちゃん。だって危ないもの」


「そこーーー! そこをなんとかーー!!」


 綾魅さんの一分に満たない治療を終えて全快した舞香さんは、晶が持って来た服に着替えた。


 趣味の悪い迷彩柄のズボンに黒のブーツ。上半身は黒のタンクトップで、立体感のあった髪型は、後ろで結わえられてしまっている。


 機嫌は先程よりはマシになった様で、いつもの気味悪い猫かぶりモードになっている。一度崩しているのに再度それを保とうとする精神性には、呆れを通り越して感嘆する。


「鬼束商店街の皆様が戦うところを見られるなんて、きっと多分そうそうある訳じゃない! だから、私見たいです! 見たい! 見せて!! 下さい!!」


「うう、この子押しが強い……鎖子ちゃん、多分真凛ちゃんは琢部の所にいるだろうから、さっさとこの子連れて帰ってよ~」


 舞香さんが取り繕った困り顔を向けてくるけれど、私にはどうする事も出来ない。多分こうなった玉子は強情だ。


「鎖子鎖子」


 そんな様子を見兼ねてか、ヒルダさんが私に耳打ちする。


「なに?」


「や、今日は見学目的で来たんでしょ? じゃあ、私達の戦闘を見せるのも、玉子ちゃんには良い経験じゃない?」


「そんな事言うなら、私だって見たいよ。私、皆が戦ってるとこ見た事ないし」


「だって、この商店街で戦闘行為をしよう、なんて馬鹿滅多に居ないからねえ」


「戦闘は森に出向くの?」


「もち。舞香があの防衛システムを作ったのは、敵を隔離するというより、逃がさず殲滅する為だから。やられたらやりかえす、億倍返しだ! って性格だし」


「それなら尚更。玉子が巻き込まれるのは困る」


「綾魅に付き添わせれば? 万が一があっても治せるし」


「綾魅さんがそんな言う事聞いてくれる? 幾らか取られそうだけど」


「くれるくれる。真凛ちゃんの事があるから、多分あんた達には媚び売っときたい筈。だから、綾魅に付き添わせて舞香の戦闘見せて貰いなよ」


 元より、玉子と真凛の社会科見学として鬼束商店街に来ている。それを考えれば悪い話ではないけれど、面倒に巻き込まれるのは嫌だ。悩む。


「鎖子、鎖子」


 舞香さんに縋る玉子を見ながら、如何とした事かと思考を巡らせていると、綾魅さんが私の方を叩いた。うんと背伸びして、必死に。


「なに、綾魅さん」


「あたちがついてってあげゆから、逆廻真凛まいんを今度貸してよ」


「人の妹を物みたいに言わないで」


わゆい話じゃないでしょ?」


 飛んで火にいる夏の虫。は少し違うか。悩んでいる私に提示された道は、どうせ行く道だ。


「ただ付いていくだけで真凛貸せってのは調子良すぎない?」


「一回だけあたちの治療ちよう無料むようにしてあげゆ」


「三回」


「のった」


 綾魅さんに視線を落とさずに指を三本立てると、恐らく悪そうな笑顔交じりの綾魅さんは二つ返事で了承し、舞香さんの元へ歩いていく。


「舞香、あたちがついていくから、玉子ちゃんに見せてあげなよ」


「ちょ、綾魅まで変な事言わないでよ。何かあったら私責任取れないからね?」


「頭が半分に割えて脳味噌零えうくあいまでなにゃなんとかすゆかや」


 小さな体躯で腕組みをして綾魅さんが言うと、それ以上は億劫と判断したのか、舞香さんは頭を抱えながら玉子を見る。


 会話の流れからそれを察した玉子は、既に満面の笑み。


「あー……綾魅から絶対に離れないようにね」


「はい!!!!!!」


 学校での挙手が如くぴんと腕を伸ばして返事をする玉子。この子は本当に真っすぐだなあ。


「ね、言った通りでしょ?」


 ヒルダさんは声を顰めて私に耳打ちする。


「流石。腐れ縁は人の扱い方をよく分かってる」


「綾魅はただ純粋なだけ。舞香はドクズ。二人とも分かり易いけどね」


「ま、綾魅さんのとこ無料で三回使えるなら、私はなんでもいいよ……あれ?」


 会話の流れで、視線をヒルダさんに移して数瞬。視界に居た筈の玉子、舞香さん、綾魅さんの姿が消えていた。


「……これは、森に戻った?」


「うん、戻った。私達は自分の意志で自由に行き来出来るからね」


「また便利なシステムだね」


「構築するのに財産ほとんど使ったって言ってたけどね。まあ、それに見合うだけのシステムだとは思う。あ! しまった!」


「なになに大声出して」


「舞香に侵入者の事聞くの忘れてた……」


「ああ、舞香さんは分かるんだっけ?」


「さっきも話したけど、舞香が分かるのは商店街に入って来た手順だけどね。ま、それが分かれば誰が入って来たかと同義。今回は舞香自身が被害にあってるから、一族郎党地球上から消え失せるんじゃない?」


「恐ろしいね。それを見学できる玉子はさぞ幸せだ」


「舞香の戦闘なんてなんにも楽しくないよ。一片と一緒でただ強いだけ。まだ桜の方が面白味がある。どうせなら歪とか晶の戦闘を見せてあげた方が玉子は喜んだと思うよ」


「いや、だから私商店街の皆の戦闘見た事ないから知らないし。別になんでもいいよ。それに、玉子はそれでも喜んじゃうから」


「可愛いね、玉子ちゃん」


「そうなんだよ、玉子は可愛いんだよ」


 くだらない姉バカを発揮しながら、未だに床に突っ伏す晶の腕を掴んで起こすと、私達は春比良ホスピタルの壊れた出口へと歩き出した。

 琢部さんの所に真凛が居るとの事だから、迎えに行ってやらなきゃ。


「うう……痛い……痛い……」


「お前男だろ、気合入れろ」


「ヒルダ……もう少し手加減しろよ……」


「女子の年齢に吹き出す晶が悪い」


 晶に肩を貸しながら、舞香さんが割れた散ったガラスを踏み鳴らす。思考の上では日常と変わらなかった。奇襲を受けた私達ではあるけれど、この商店街の防衛システムのお蔭で、ここは只管に平和な空間だ。

 説明を受けて理解した私もそうだし、それを最初から分かっている二人の雰囲気が完全に弛緩しているのは、決して油断とは呼べない。当然の流れである。






 だから、それは奇襲としては、限りなく至高に近い。隙を突く上で、これ以上ない極上のタイミングだった。





 ホスピタルの出入り口、と呼ぶにはあまりにも壊れたそれを出た私達の前に、影が飛び込んだ。見覚えは鮮明。白いフードを深く被ったそれが、躍り出る。


 驚愕から一瞬意識が飛ぶ。次にまずい、と思った。けれど、手遅れなのは明白だった。私の視界を閃光が包み、遅れて耳を劈く爆音。つい数分前に受けた衝撃、それが零距離で。明確な死を意識するまでもなく、それは結果として私に炸裂した。





 筈だった。





 爆炎なのか、爆発によって炸裂した破片なのか、目を瞑って顔の皮膚が感じた小さい数多の衝突を終えて、私の意識は確実に存在した。東雲鎖子という個人は、終わる事がなかった。


「あぶっ危な!!」


 ヒルダさんの声が聞こえて目を開けた。視界は最後に見た真っ白の閃光から、強いオレンジに。地平まで続く街並みはどこか現実味がなく、遠く沈む夕陽も不気味。それは地上から見る景色より高い。






 私は、空に居た。空高く商店街を見下ろしていた。






「え? な、なになに!」


「ああ、悪い。


 見れば、晶が私とヒルダさんを両脇に抱えている。その状態で、


「なに!? 晶って空飛べるの!?」


「いや、飛べんぞ。今から落ちるだけだ」


「は?」


 中空に浮遊していたと思われたが、晶の言葉通り、少しの間を置いて私達は落下を始めた。


「え、ちょ、ああああああああああ!!」


 視線を落とす。それに付随して景色がせり上がる。上空何メートルだろうか? 正確には分からない。ただ、私の身体強化の技量で人体にダメージを残さずに着地出来る範囲を超えている事だけは分かる。


 ぐるぐると思考が巡る。綾魅さんに治してもらおうとか、ああでも綾魅さんは今此処には居ないとか。そうやって自分の生存に向けて建設的な思考が出来ないまま、私は着地した。


「え……」


 そう、着地した。丕火晶は、私とヒルダさんを抱えたまま、なんの問題もなく。


「爆発した奴は? 晶見た?」


「んー、自爆能力なら消え失せたんじゃないの?」


「舞香を吹っ飛ばした時と同じ?」


「爆発の仕方は似てる。じゃなきゃここまで素早く反応出来ない。規模はやや今回の方が弱かった気がする」


「ふうん……さてさて、


 あっけにとられる私を他所に二人は状況の整理を始める。ああ、確かにそうだ。これはもう、巻き込まれている。私もまた、鉄火場の中に居るんだ。


 呆然としている場合じゃない。


「ね、ねえ、晶、助けてくれてありがとう」


「鎖子、今はそんな事を言ってる場合じゃない。、だ」


「え、あ、ああ。そうだよね、ごめん」


 戦闘の中で助力に感謝するなど、終戦して一夜明けてからだって遅くない。私はまだ心が平静ではないらしい。らしくない。


「襲って来た奴は、さっきの奴等と同じって考えていいよね? それなら、第一陣と第二陣に分かれる訳だから、数がそれなりに居るんじゃない? 組織的な襲撃に思えるけど……」


 私は私なりの分析をして会話に参加した。それは正しくもあったけれど、大きな大きな見落としがあった。


「鎖子、それは冷静な見解の様で全くそうじゃない。私と晶は、本当に困っている」


「え?」


 ヒルダさんは、少し呆れた様子で私に言う。








「なんで私達が襲われたのに、防衛システムが作動していないの?」








 奇襲による爆撃を喰らった私達は、確かに商店街の夕陽の中に居た。

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