神出鬼没の商店街③

「ふわあ……」


 玉子ちゃんのリアクションは、新発売のパンケーキを目の当たりにした香織かおりちゃんに似ていた。瞳のキラキラ度合いが尋常ではない。まるで星空。


「真凛さん真凛さん、写真撮って貰っていいですか?」


「えええ、観光気分!?」


「だってだって鬼束商店街ですよ!! あ!! 荷物全部置いて来ちゃったんでした! ない! 私の携帯電話がない!! あーーー!!」


 制服の小さなポケット全部をひっくり返して、玉子ちゃんが頭を抱える。

 意外だ、意外過ぎる。玉子ちゃんがこんなに騒いでいる。私よりも大人に見える風貌で、歳不相応に落ち着いた性格をしている玉子ちゃんが、年相応にはしゃいでいる。十四歳の少女らしい。


「うわあ、なんか玉子のイメージ変わるなあ」


「いえいえ! 私は私です! 私に間違いありません! けれど、驚天動地の状況に心が付いていかないんですよ! ああ! 天国の幽亜ゆうあさん、螺奈らなさん、お父さんお母さんお兄ちゃん、私は鬼束商店街に来たよ……」


 今度は一転、涙目で天を仰ぎ見る。玉子ちゃんの言葉を信じるならば、それは玉子ちゃんの意外な一面ではなく、この場所に来た事で気が動転しているだけらしい。けれど、いつもの玉子ちゃんとの違いに、私も鎖子ちゃんも面食らってしまっている。


「玉子ちゃん楽しそうだね」


「だな。元々東雲しののめ家が外の情報入って来ない上に、兄貴に連れられて直ぐ此処に来たから、そんなに珍しいもんとは思わなかったよ……」


「でも、そんなに珍しい場所なのに、簡単に来れちゃったね。あんなに簡単な条件で空間転移出来ちゃうなら、間違って来る人も多いんじゃない?」


「ああ、それなら平気。ほら、それ」


 言って、鎖子ちゃんが私の後ろを指差す。そこで、私は初めて振り返り、息を飲んだ。

 トンネルを抜けて直ぐ。だから、私との距離は一メートルもなかったと思う。


「ひっ」


 引き攣った表情で、悲鳴が零れる。

 トンネルと道路の境界線上ぴったり、夕陽陰るトンネルの下で、しゃれこうべが私を見ていた。

 頭部は人の骨であるけれど、。なにか黒く変色した肉が崩れかかってる。汚泥が排水溝の外へ掬い出されて放置されているみたい。それは歩行するのか、浮遊するのか。流動している様に見える骸骨の下は、私にはよく分からなかった。ただ、黒くて深い眼窩が、私を真っ直ぐに見ていた。


「な……なに?」


「トンネルの中で振り返ったり、立ち止まったりすると発動するらしい。外の世界に強制送還。その上、鬼束商店街に立ち入ろうとした記憶を消すんだと。アレはそういうシステムを組まれたナニカ。私も詳しくは知らない」


 じっと私を見るしゃれこうべは、トンネルから一歩も動く気配はない。


「さ、そろそろ行くよ」


「う、うん」


 鎖子ちゃんに促されて歩き出す。一度振り向いた時には、ソレは居なくなっていた。


「はあ……素敵……」


 恍惚、といった表情で周囲を見渡しながら歩く玉子ちゃん。足取りは左右にフラフラと、建ち並ぶお店を覗き込む様に。


「お店沢山あるね……でも、全部閉まってる」


 まだ五十メートルも歩いていないけれど、左右にあるお店はどれもがシャッターが降りていたり、店内が暗かったり、人気ひとけがなかった。


「まあね。やっているお店は四店舗だけだから」


「え、そうなの?」


「これは全部ダミー……なのかな? まあ、詳しくは知らない」


「鎖子ちゃん知らない事ばっかだね」


「別に知る必要ないだろ、興味ないし。あっ」


 不意に、視界の端で玉子ちゃんが立ち止まっているのが目に入った。ずっと続く真っ直ぐな道、左右に立ち並ぶ商店街。その途中の十字路に差し掛かって、玉子ちゃんは右側を向いて止まった。

 その先には、同じ様に真っ直ぐ道が続いていて、やはり左右には、シャッターの閉ざされた店舗が建ち並んでいた。


「玉子! 待って!」


 鎖子ちゃんの制止に振り向きながら、玉子ちゃんは一歩、その先へと踏み出した。


「え?」


 気付いた時には、そうなっていた。玉子ちゃんは、一歩だけ、たった一歩だけ、右側に伸びる道に踏み出した。


 筈だった。


「さ、鎖子ちゃん!? なにこれ!?」


「言うの忘れた……玉子ー! 戻って来いー!」


 鎖子ちゃんは、玉子ちゃんに呼びかける。大きな声で呼びかける。

 

 たった一歩だけ進んだ玉子ちゃんは、右側の道を、


 私と同じ様に、遠くで玉子ちゃんが動揺している。鎖子ちゃんの呼びかけに直ぐ応じて、駆け足で戻って来た。


「え、え、え? な、なんですかこれ!? 私、どうしてあんな遠くに!?」


「ごめんごめん言い忘れ。商店街の曲がり角とか路地は、絶対入って行かないでね」


 鎖子ちゃんは顔の前で手を合わせて玉子ちゃんに言うと、また真っ直ぐに歩き出した。


「何処まで行っちゃうか、分からないから」


 鎖子ちゃんが言って、私と玉子ちゃんは合わせて曲がり角の先を見た。

 一見ただ真っ直ぐ続いているかに思えるこの道は、異質だ。トンネルに居たしゃれこうべと目が合った瞬間に似た悪寒が背中に走る。

 あの道は、どういう原理が働いているのだろう。きっと鎖子ちゃんに尋ねてみても、知らない、と答えが返ってくるだけだろう。私と玉子ちゃんは、遅れて鎖子ちゃんに続いた。


「恐ろしや恐ろしや……鬼束商店街恐ろしやですね」


「玉子ちゃん、そんな事言いながら顔が笑ってる」


「ふふふ……本来であれば、臆病な私は足が竦んでしまうのでしょうが、まだまだ胸が高鳴っているみたいです……子供っぽいですね」


 年相応じゃない? と言おうとしたけれど、なんだか見た目が私より大人びている玉子ちゃんにお姉ちゃんぶるのは格好悪い気がしてやめた。それに、玉子ちゃんは自分を臆病だなんて言うけれど、私が聞いた赤雪での話では、とてもそんな風には思えない。


 玉子ちゃんは芯が強くて、勇敢な人間だ。


「よし、じゃあ一軒目、行こうか」


 そんな事を話している内に、先頭を行く鎖子ちゃんの足が止まった。

 鎖子ちゃんが立ち止まった場所に立つ二階建てのお店、重そうな木製の扉に小さな小窓が付いているけれど、中は覗けない。


 けれど、そのお店だけは、周囲のそれとは異質な気がした。簡単に言えば、人の気配がした。


「鎖子ちゃん、此処は?」


日野浦ひのうら商店。兄貴が良くお世話になってる場所で、桜の金属バットを作ってくれた所」


 看板も出ていないそのお店へ、鎖子ちゃんは重そうな扉を押し込んで入って行った。

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