神出鬼没の商店街①
「いやあ、流石に死んだと思った。危ない危ない」
「もー! 気を付けてよ
夏は暦の上では折り返しに入ったけれど、陽射しはまだまだ燦燦と照りつける。お昼下がりに帰宅した鎖子ちゃんは、スキニーパンツの上から右太ももをさすりながら笑う。
「随分大変だったみたいですね……どうぞ」
居間の畳に座る鎖子ちゃんに、
「ありがとう玉子。大変も大変、だって右脚が吹っ飛んでいくんだよ? 一度
話は、先日請け負った鎖子ちゃんのお仕事。詳しい依頼内容は聞いていないけれど、お仕事中に発生した戦闘で右脚を失ったらしかった。
「右脚を失って尚戦闘に勝利するなんて……流石鎖子さんです」
「いやあ、ほら、
「脚を一本失いながらも、
「そんな褒めたってなにも出ないから、あはは」
普段の鎖子ちゃんなら、重傷を負わされたのなら機嫌が悪くなる。けれど、玉子ちゃんが褒めるものだから今は上機嫌だ。
「綺麗にくっついていますね、後遺症とかは?」
「ないない、そんなモグリに診せないって。
綾魅さんというのは、鎖子ちゃんやお兄ちゃん、それに桜ちゃんが怪我をした時に行く病院の院長さんだ。鬼束商店街という場所にあるらしく、お兄ちゃんはお仕事で使う物を買う時もそこに行っている。
「どこかの誰かさんが、小学生に戻さずに治してくれるならお金が浮くんだけどねー」
「うっ……鎖子ちゃんそういう事言う?」
「あはは、冗談だって」
まるで咲き誇る桜に合わせる様に、今年の春に私は能力が開花した。名家である
死なないで、という鎖子ちゃんにかけた私の願いは、私に流れる逆廻の血を覚醒させた。
逆巻く血脈。可逆の逆廻。様々な逸話を誇る逆転の血統は、私に肉体逆行の能力を授けた。私は、肉体を元に戻す力を持っている。大怪我をしたのなら、その肉体を怪我をする前に戻してしまえばいい。私の血は、それを可能にした。
しかし、未熟である私は加減を知らない。春に都市伝絶と戦い、生死の境を彷徨った鎖子ちゃんの致命傷を戻す事に成功したが、私は戻し過ぎてしまった。鎖子ちゃんは、しばらくの間十歳程度の肉体で日々を過ごした。
「今頑張って訓練してるんだから! その内綺麗に戻せるようになってみせるから!」
「おーおー頼もしいなあ。まあ、
「もお、子供扱いして!」
こちら側一年生。存在として私は鎖子ちゃんやお兄ちゃんの事を理解していたけれど、才覚がなかった故に入り込まなかった。いや、込めなかった、か。
目下の急務は私の成長。深くんに見て貰いながら、私は自分の能力に悪戦苦闘している。修行中の身という訳だ。
「あの、綾魅さんというのは、
「あーそんな感じかなあ……ヤブ医者、いや、腕は確かだから闇医者? なのかな。あれだあれ、こっち専門の医者」
「鎖子さんがお仕事に行ったのって昨日ですよね? という事は、斬り飛ばされた脚を一晩で治してみせた……その人、相当な腕ですね?」
「一晩ってか、一瞬だね一瞬。くっつけるだけなら造作もないって言ってたし」
「一瞬!? す、凄いですね……ただでさえ肉体修復の能力は貴重だというのに、その上でそれ程の練度……
「凄い……凄いっつーより、鬼束商店街の人達は皆ぶっ飛んでんなあ。訳分からん人が多過ぎる」
鎖子ちゃんは腕組をして眉を顰める。
「鬼束商店街ってそういう場所なの? 普通の商店街かと思ってた」
「普通の商店街は商店街だよ。居る人間がちょっと……いや、大分変なだけ。って、真凛は鬼束商店街行った事ないんだっけ?」
「ないよ! だって、私がそういうのに興味持つと、鎖子ちゃん前は怒ったもん」
「そっかそっか、ごめんって。それじゃあ今度用がある時にでも一緒に行こうか。玉子も――」
鎖子ちゃんが玉子ちゃんに向いたので、私も合わせて玉子ちゃんに向く。なんでもないと思われたやりとりの中で、玉子ちゃんはなにを見出したのか。
玉子ちゃんは、ぱっちりとした目をこれでもかと見開いて、口をあんぐりさせていた。
「……玉子?」
「玉子ちゃん?」
私と鎖子ちゃんが呼びかけて、やっと玉子ちゃんは我に返って反応した。
「え、あ、あの……その……鎖子さんが先程おっしゃったお医者様の綾魅さんって……まさか、
「春比良ホスピタルの医者というか……綾魅さんは院長だよ、春比良ホスピタルの」
鎖子ちゃんがそう言うと、鎖子ちゃんの向かいに座る玉子ちゃんはテーブルに身を乗り出す。
「鎖子さん、鬼束商店街に行った事……いえ、その口振りでは頻繁に行っているんですか!? 鬼束商店街って、存在するんですか!?」
鎖子ちゃんに迫る玉子ちゃんは、一片お兄ちゃんに対面した時以上に積極的に見えた。
「鬼束商店街って、都市伝説じゃないんですか!?」
叫ぶ玉子ちゃん、ぽかんとしている鎖子ちゃん。
そして、私にもなにがなんだか分からなかった。
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