赤い宗家の白と黒 Extra
「よいしょっ」
六月五日、正午。
昨日までの雨はすっかり上がって、大気は埃一つ許さない程に透き通っている。戸破の家の庭は、僅かに湿った砂利が太陽光を弾いて眩しい。
「兄貴、これなに?」
縁側に座った鎖子が、足をぶらつかせながら僕に言う。いつも着ている東城高校のジャージは、まだ丈を大分余らせている。
「墓標」
「墓標!? 墓標なのか!? 人ん家にそんなん立てるか!?」
「仕方ないだろう。僕のマンションにはとても置ける大きさではないんだから」
僕が置いた二つの石を指差して、鎖子は怒鳴る。僕の身の丈程に砕けたそれ等が、残っている中で一番大きな塊だった。
「こっちの白が赤百合螺奈さん、こっちの黒が赤弓幽亜くん。分かった?」
「いや、話は聞いたけどさ、分かんないって。どういう神経してんだ兄貴」
「まあまあ。鎖子に全部管理しろって言ってる訳じゃないんだから。ね、玉子ちゃん」
僕の後ろで運搬作業を見守っていた玉子ちゃんに振り返る。玉子ちゃんは、やたら申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません鎖子さん……私の我儘で」
「あーあーいいっていいって。お前は悪くないだろ。気にしないで。あと、同い年なんだから、呼び捨てでいいよ」
「いや、それ今だけだろう?」
深の解呪で十四歳まで戻った鎖子はそう言うけれど、数日で破綻する理論なので突っ込んでおいた。
「しかしなんだ。兄貴も兄貴で、群馬の名家全滅させて、生き残りを家で預かるだなんて、なんか父さんみたいだね」
「え!?」
自分の知り得る人物の中で一等滅茶苦茶な人物に比肩され、思わず変な声が出る。
「ち、違うだろ!? 僕は色々と考えているよ! 家族の事を!」
「それは父さんも同じでしょ?」
「でも、あの人は滅茶苦茶だ! 意味が分からない!」
「兄貴も十分ぶっ飛んでるよ。人間は中々客観的にはなれないからね」
十四歳、背の伸び始めた鎖子に悟った風に言われるのは不思議な感覚だ。幼さの残る顔で、十五歳の鎖子みたいな事を言い出す。
「一片さん……あの、私、本当に良いのでしょうか? こんな急に押しかけて……」
「いいのいいの。僕も鎖子も血は繋がっていないし、玉子ちゃんの様に急に押しかけたり急に匿われたりだから、そういうのは慣れてる家なのさ。だから、君がいいなら、問題はないよ。ああ、諸々の手続きもこっちに任せて」
「……本当に、ありがとうございます」
言って、玉子ちゃんは僕と鎖子それぞれに頭を下げる。
結局、赤雪はなくなってしまった。
あの日に全ての決着をつけた僕は、後始末の手配をしてから、玉子ちゃんを連れて戸破の家に戻った。昨日、後始末を任せた業者から連絡が来た。赤雪は、十四分家を含めて、ただの一人も生き残る事が出来なかった。
多くの血を流した雨の日に、生き残ったのは八王子家の玉子ちゃんただ一人だった。
僕は、螺奈さんからの依頼を達成出来なかった。
だから、これは償いだ。玉子ちゃんを守るのは、僕の自分勝手で一方的な贖罪だ。
「償いだとか、思わないで下さいね」
そんな僕を見透かしてか、玉子ちゃんは言った。
「……そんな事、ないさ」
「そうですか。でも、一片さんは優しいですから……私の我儘ですけど、償いだなんて、思わないで下さい。私の為に、だなんて思わないで下さい」
玉子ちゃんは僕の隣に並んで、二つの石を見ながら言う。
「きっとこれは誰の目から見ても地獄です。叶う事ならば、私も皆と一緒に消えてしまいたかった。でも、私は生きています。だから、生きます。死んでいった人達の分も、だなんて事は言いません。私は私の為に生きます。私は、私の勝手で、生きて行きます。私達が落ちた様な地獄を作らない為に、生きます。だから、一片さん達と一緒がいいんです。私は、誰かを救う為に生きたい。死んだ人達ではなく、今生きている人達の為に、生きます」
あの日泣いていた彼女は、凛として強く言う。
「私は、今日から
「勿論さ。なにせ、僕が勝手に連れて来たのだから」
彼女の頭をぽんと叩いて、鎖子に向く。
「と、言う訳だから、鎖子、玉子ちゃんをよろしくね」
「言われなくたって、此処に来たら家族だよ」
僕が居なくなってから家長の自覚を自ら持ち始めたという彼女は、やっぱり大人びた表情で答えた。
「一片さん、そういう意味……もありますけど!」
鎖子と話す僕の元まで駆けて来て、玉子ちゃんは笑顔になる。
「一緒に居させて下さいって……戸破の家にって事ですけど……それと……一応、返事だったんですけど?」
「ん?」
玉子ちゃんは大袈裟に口を窄ませて、腕を後ろに組んで余所余所しい。
「返事?」
「そうですよ。ホームでの事!」
「……あ」
玉子ちゃんが、頬を赤らめ、目線を僕から外して言う。
「私、今十四歳ですから、後二年待って下さいね」
その一言は、僕の中で、歓喜よりも焦燥を先行させた。
隣で、気配がした。縁側に座る鎖子の、そんな気配が。
悪魔が微笑んでいる気がしたのだ。僕の嫌な予感に違わず、悪魔は最悪の係助詞を選択した。
「へえ、玉子もプロポーズされてんだ」
血の気が引く。
「……も?」
先程まで、その大人びた顔立ちに十四歳らしい初々しさと、女子の純朴な赤を飾っていた玉子ちゃんは、考え得る最悪で対極の空気を醸し出して僕を睨む。
「ああ、私もね、十歳の時にプロポーズされてんだ」
僕は逃げ出した。彼女の能力の前で逃走は無力な事を知っているけれど、本能的に人間はそうしてしまうのだ。
「十一片!」
怒号を撒き散らす玉子ちゃんに、僕は返す。
「どっちも本気だからセーフさ!」
本当に、そうなんだ。心の底から、そうなのだから、いいじゃないか。
僕は、家族を大事にする子と、家族になりたいのだから。
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