深夜一時の奇奇怪怪④
「先日も話したが、深夜徘徊については以上の事を守る様に」
五月十日、塩野木先生が帰りホームルームを締め、クラスメイト達が帰宅の準備を始める。
塩野木先生は、先日と同じ様に深夜徘徊についての注意を皆に告げたけれど、以前より語気が強かった。今朝ニュースになった事も関係しているのだろう。
日月市で、三件目の殺人事件が発生した。ついにメディアは、こぞってその言葉を羅列し始める。
日月市連続殺人事件。
クラスメイト達は、先生が教室を出た瞬間にその話題で持ち切りになる。
「いやあ、これはもう、素人の犯行じゃないね。それとも、やっぱり都市伝説?」
香織ちゃんは、立て続けの事件に対しても、どこか対岸の火事といった様子。いいや、香織ちゃんだけじゃない。恐らく、此処に居る全員が、同じ様な心持だ。
「どうだろうね。偶然だとは思うけど」
「やっぱりそうかなー。鎖子はどう思う?」
帰り支度を終えた鎖子ちゃんが、私と香織ちゃんの席まで来る。
「ふわあ……ねむ。別になんでもいいよ。早く解決してくれるなら」
欠伸交じりの鎖子ちゃんは、心底興味なさそうに言った。
「鎖子、あんたつまんないって言われない?」
「つまるとはよく言われる」
「嘘吐け! なにがつまるよ。まあ、これでしばらく夜更かしはなしね。じゃあ、早い時間から遊び行こうか」
「私パス。眠い」
「えー! 私買い物行きたいのに! 真凛は!?」
鎖子ちゃんにあしらわれた香織ちゃんは、私の方を向く。
「ご、ごめん。私もパス」
「えー! 真凛も!?」
「ごめんね! 先生に呼び出されちゃって」
「なによ二人してーーー! もーーー!!」
勧誘が空振りして、香織ちゃんはご機嫌斜め。
「真凛、呼び出しなら付き合おうか?」
「あ、ううん。一人で大丈夫。先に帰っていて」
本来であれば、付き添ってもらう筈だ。
本来であれば、一緒に来て、と言う筈だ。
でも、今日は一人で。ううん、一人じゃないと意味がない。
私はもう子供なんかじゃない。私だって、出来る事がある。
「じゃあね」
二人にさよならを言って教室を出る。四階から一階まで駆け足で下りると、廊下を玄関とは反対方向に進んで行く。新校舎の一番奥、図書室の戸を開く。
普通の教室四つ分程の広さに立ち並ぶ本棚。展開された六つの四角い机には四つずつ椅子が置かれていて、七人の生徒が乾いた音を立てながら本のページを捲っていた。
静かに戸を閉めると、真っ直ぐに本棚を目指す。本棚の上部に貼られたジャンルに目をやりながら、立ち並ぶ本棚の間を往復する。
探すのは、地域伝承や風俗について書かれた本。連続した事件を受け、お兄ちゃんとの会話が頭を過ったからだ。
『だから、真凛の言う深夜一時の化け物なんて都市伝説は在り得ない。在るとしたら、それこそ過去の遺物だね。大昔の神様の残り滓の変貌か、はたまた面妖奇怪な伝承伝奇の副産物か』
お兄ちゃんは、私の心配を指して杞憂だと言い切った。現代日本で、都市伝説の発現は在り得ないと。
今朝のニュースが報じた事件は、前日までの二件と相違なく、未明に女性の遺体が発見されたというものだった。未だ見つからない犯人が、噂の怪奇だとは思っていない。思ってはいないけれど、万が一、という場合はある。
流行りの噂が発現していなくとも、お兄ちゃんの言葉の通り、過去の遺物がこの街に居るのだとしたら。
日月についてのそういった文献に目を通して、事件に類似する事があれば、警察を始めとした、人間の仕事じゃなくなる。
鎖子ちゃんや、お兄ちゃん。それに、桜ちゃんと深くん達の領域になる。
だから、私には関係がないかもしれない。鎖子ちゃんは、嫌がる筈だ。
私には、皆と違って、なんの力もない。
けれど、知る事は出来る。考える事は出来る。もしもそういう情報があるのなら、大きなアドバンテージになる筈だ。
だから、私は少しでも皆の役に立ちたくて、此処に来た。本当、子供みたいな、虚栄心。
だけれど、もしも私が役に立ったのなら、鎖子ちゃんも私を子供扱いしないかもしれない。そう、思った。
しかし、本棚の合間を行けども行けども、目的の文献どころか地域伝承や風俗の類の棚すら見つからない。
三回目の往復を終えたところで、痺れを切らして貸出カウンターまで行って、図書委員さんに声をかけた。
「あの、日月についての地域伝承……えーっと……社会学とかについての本って、何処にありますか?」
「え?」
大人しそうな女の子は、不思議そうに私を見てから、すぐに答えてくれた。
「ああ、それなら此処じゃないですね」
「此処じゃない?」
「はい。そこら辺のジャンルは、オカルト研究部が管理しているんです。旧校舎の一番奥、丁度この図書室と向かい側にある教室で活動していますので、そこで借りて下さい」
「そうですか……ありがとうございます」
笑顔の図書委員さんに対して頭を下げると、図書室を出た。
図書室の本、それを、一部活が管理している。不思議な事があるのだなあと思いながら、廊下を進んで渡り廊下の先を目指す。
学校の備品の一部を、かの様なサブカルチャーな部活が掌握しているとは思わなかった。どうにもそういうものが、私には胡散臭く思える。
本物を知っているからこそ、よりそう思ってしまう。
私は、そんな事を思いながら、オカルト研究部の部室へと歩みを進めた。
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