8話  師匠と弟子②


 がたついた車輪が、ゆっくりと道の上を転がる。ぽっくりぽっくりと歩く馬の足音を響かせながら、リリア達一行を乗せた馬車は街へと向かう。

 目的地である近隣の街・ロマリアから隣街の間を往復している乗合い馬車には、リリア達以外の乗客は見られない。乗り心地は決して良いとは言えない(むしろ最悪だ)、古びた馬車。それをく二頭の馬も年老いている。

 揃わない足取りで歩く馬を眺めながら、リリアがぽつりと呟く。


 「あの馬、師匠みたい」


 ノエルが身体を乗り出し、リリアの視線の先を追う。


 「どれどれ? ……ホントだ、似てるなー。やる気の無い感じとか」

 「ヨロヨロしてるところとか」

 「背中に漂う哀愁とかなー!!」


 妙な事で盛り上がる弟子と男を横目に、ラクラは溜め息をつく。その顔はげんなりとしていて、どこか青白い。言い返す気力も無いようで、しばらく二人がはしゃぐ様子を見つめていたが、


 「君達、何でそんな元気なのさ……」


 しわがれた声で、そんな事を漏らした。


 「あん? どうしたラクラ、馬車酔いか?」

 「えー!? 歩くの面倒だから馬車に乗ろうって言ったの、師匠じゃないですかー!!」

 「だってこんなに……揺れるとは、思わなかったし……」


 三人を乗せた馬車は、車輪が今にも外れるのではないかと思うほどダタガタ音を立て震えている。小石の上や僅かな地面のくぼみを通る度、大きな衝撃が腰と背中を伝い、頭を揺さぶる。

 普段、師弟が街へ行く際の移動手段は、徒歩だ。乗合い馬車の存在を知ってはいたが、本数が少ない為か、今まで乗る機会が無かった。何度か、近くの停留所で待っていた事もあるのだが、その時は時間になっても馬車が来なかったので諦めた。

 先頭で手綱を握る御者に、リリアがそんな話をしてみるが、


 「そりゃあ、時間なんて守ってないからなぁ」


 と、笑われた。どうやら馬が年老いた為、これ以上のスピードで歩けないようだ。停留所に張り出された時刻表はかなり年季が入っていた。あれは、馬がまだ若く、足も丈夫な頃に書かれたものなのだろう。

 後ろから来た牛車に追い抜かれながらも、馬車はゆっくり進んでいく。


 「……さっき抜かして行ったヤツに乗せてもらうか?」

 「さ、賛成……」

 「そんなぁ、せっかく初めて乗った馬車なのに。このまま行きましょうよ、街にはもうすぐ着くんだし」

 「まぁ、俺は構わねえけどさ」

 「僕が構うんだよ……これなら、歩いて行っても同じようなもんじゃないか……」

 「師匠。ワガママばかり言ってると、立派な大人になれませんよ」

 「え……僕、もう結構いい大人なんだけど……」


 そんな事を話している間に、前を行く牛車との距離が離れていく。荷台に積まれた藁がそよそよと風を受けながら遠ざかる様子に、ラクラはぐったりと肩を落とした。

 街道は、離れ森を挟んで南北に伸びている。森の外周を半円形に迂回するように道が作られており、南へ行くとポルト港町・アドラドに、北へ行くと近隣の街に辿りつく。(ちなみに、王都のアスガルドはアドラドから更に南の場所にある。)

 離れ森は、主要な都市を結ぶ線上に大きく広がっているのだ。

 家から森の小道を通り、街道に出て、馬車に揺られること半時。ようやく、目的地が見えてきた。

 色彩の街、ロマリア。

 離れ森から一番近いこの場所は、リリアが唯一知る街でもある。






 街に入り、まず目に飛び込んでくるのは、色とりどりの布がはためく景色。染められた大小様々な布が、鮮やかなコントラストを空に描く光景は、圧巻で美しい。

 この染物こそ、ロマリアが色彩の街と呼ばれる所以である。

 ロマ染めと呼ばれる布は、街の伝統ある工芸品だ。王都や港街に比べればさほど大きくないロマリアだが、この工芸品を買い求めにくる商人や観光客で賑わいを見せている。染料となる草花の栽培も行っている為、花が咲く季節になると、街は淡い香りに包まれる。

 大通りには市場がのきを連ね、人々の声が飛び交う。商人達の駆け引きや、観光客を呼び止める声、挨拶や世間話を交わす住人達。この街はいつだって、人のいとなみに溢れている。

 リリアは、市場の雑踏を歩きながら、楽しそうに目を輝かせていた。

 ロマ染めで縫われたスカートや、刺繍ししゅうほどこされたバッグや小物。そんな商品を見つけては、立ち止まり感嘆の声を漏らしている。


 「お嬢さん、お目が高いねぇ!! そのロマ染めは新作だよ!!」


 軒下に吊るされたワンピースを見ていると、店の主から声を掛けられた。頭の天辺が禿げかけた、愛想の良い中年男だ。


 「珍しい色だけど、素敵ですね。こんな染め方も出来るんだ……」

 「ああ、最近開発された技法でね。むらにならないよう工夫してるんだよ」


 視線の先にあるワンピースは、形こそシンプルだったが美しい色合いで染められていた。肩口は淡い紫、広がる裾は薄いピンク色。二つの色がグラデーションになっている。刺繍ししゅうで咲かせた花が所々に散りばめられており、一層華やかさを引き立てる。


 「もっとよく見たいなら、下ろしてやろうか?」


 見入っているリリアに、店主がそう言ってくる。あわよくば、このまま売り込もうと考えているのだろう。

 

 「わぁ!! いいんですか?」


 リリアは頷きかけるが、


 「コラ。あんまりフラフラしてると置いてくぞ」


 そんな言葉と共に現れたノエルに、軽く頭を小突かれた。

 どうやら二人から離れかけていたようだ。振り返ると、疲れた表情を浮かべるラクラと目が合った。今度は人酔いでもしているのだろう、若干の青白さが顔に残っている。

 店主はノエルの姿を見ると、軽く手を上げて挨拶をした。



 「なんだ、お嬢さんはノエルの知り合いか」

 「はい。ノエルさんには、よく遊んでもらっています」


 ノエルとは、下手をすれば父親と思えるほど年に差がある。そんな男性を友人と呼んでいいものか分からず、ありのまま答えたのだが、


 「遊んで――? おい、ノエル。お前フローラってもんがありながら……」

 

 どうやら、店主に誤解を与えたらしい。ノエルは苦笑いを浮かべて、再びリリアの頭を小突く。


 「違うっつーの。この嬢ちゃんは薬屋だよ。離れ森にあるだろ、あそこの」

 「離れ森? じゃあ、変わりモンの魔術師に弟子入りしてるむすめっていうのが……」

 「この子だよ。リリアっていうんだ。ちなみに、変わりモンの師匠も一緒にいるぜ」


 ノエルはそう言うと、数歩後ろで暇そうにしているラクラを指差した。店主は一瞬気まずそうに目を泳がせるが、ラクラは気にする素振りも無く(ついでに話を聞いている様子も無く)、リリアが興味を示していたワンピースを眺める。


 「ロマ染めの新作ですって。可愛いですよね」


 師匠の隣に立ち、リリアが声を掛ける。


 「お、どうした? リリアに買ってやろうってか?」

 「一点ものですよ。お弟子さんに、ぜひ如何いかがですかな?」


 ノエルと、それに続き調子の良い店主までもはやし立てるが、ラクラはそれに反応することなくリリアを見つめ、

 

 「君には、似合わないよ」


 バッサリと、よどみなく言ってのけた。

 デリカシーの欠片も無い一言に、ノエルと店主は呆れたように顔を見合わる。しかし、リリアは師匠の腕に飛びつくと、その表情をほころばせて答えた。

 

 「師匠なら、そう言うと思ってました」

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