第91話 北都市にクルマを買いに行く

 一泊二日の北都市旅行、往路。特に何がある訳でもなく無事に到着。平地の森を抜け、キャンプ、山に入り、夜になる前に北都市に着く。護衛をしてくれたムラタ組もここまで来るとリラックスしているようだ。

 通商ギルドだか商業ギルドだかが運営する商隊向けゲートで優先的に入場。二回目なので慣れたものだ。警備の隊長さんは前回と同じ人。どうも、と挨拶を交わす。

「毎度お疲れさまです!」

「あれからハグレじゃないライカンスロープどもはどうなった? まだ別の部族が出張ってきてるか?」

 とベック師匠。

「いえ、特にそういった話は聞いてないですね。商隊自体が縮小気味ですし、護衛も増強している場合が多いので襲われたって話はありません」

 ゲートの隊長さんとベック師匠が世間話をしている間、なんとなく隊長さんの装備を眺める。前回は気づかなかったが、警備兵は揃いの制服にライフルを担いでいる。腰にはリボルバーと予備弾薬を入れているらしいポーチ。思ったより軽装なんだな。襲撃するマヌケもいないだろうし、門を閉じるまで応戦して、あとは城壁の銃眼から一掃、といった感じなのだろう。兵士たちもリラックスしている。一般向けの門のほうがワイワイガヤガヤと、うるさいくらいだ。あ、旅人が割り込んだとかどうとか喧嘩して、警備兵が怒鳴ってる。さすがにこんな所での喧嘩に銃は抜かないようだ。

「じゃ、通過していいんで。よい商売を!!」

 隊長さんが通してくれる。こっちはのんびりだねえ。


 北都市一日目はギルド長との会合。俺とミリーはジョン・トヨダさんとトヨダ式オートの話だ。とうとう商品名が決まったらしい。.38口径オートマティック、通称「ポケットディフェンダー」だそうだ。すでに量産を請け負ってくれる工場が決まったとのこと。めでたい。トヨダ・ポケットとかトヨダ・ディフェンダーとか言われるようになりそうな予感。

 明日はとうとうクルマを買いにいく。


 とあるディーラー併設っぽいクルマ工場。在庫があればそのまま売ってくれるし、なければ組み立て中のものを急いで完成させてくれるという。架装かそうしていないものを自分でいじりたい、となれば基本型ベースキットとして売ってくれさえするという。作れば作るだけ売れていく、景気の良い北都市ならではの販売形式だ。


「で、どういうのが欲しい?」

 師匠が俺に聞いてくる。なぜ?

「いや、師匠が欲しいやつを買えばいいじゃないですか」

「どうせ改造するつもりなんだろ? だったら完品かんぴんじゃなくてベースキットを買って自前で作った方がいいだろ」

「以前はそんなことを言ってましたけど、結局どんな風に改造するのか決めてないじゃないですか」

「そうだったな。とりあえず現物を見てみるか」

 なお、ミリーはクルマには興味がないらしく、トヨダさんの所の若い衆に護衛してもらいながら買い物に行っている。

「いらっしゃいませ。どういったものをお探しですか?」

 思ったより丁寧な対応。やはりディーラー兼業だからか。てっきり「おう、よかったら見てってくれ!!」とかツナギのおっさんに言われるかと思っていた。

「馬車代わりの荷運び用を考えてるんだが」

「でしたら架装済みの運搬車がございます。違いとしては骨組みの前後長が大きくなっております。こちらにどうぞ」

 と案内してくれた。

 敷地内にずらっと並んだトラック。それぞれ微妙に仕様が違うらしい。

 ほとんどはツーペダル、スリーレバー、ワンハンドル制御。ペダルはクラッチと前輪ブレーキ、レバーはアクセルと後輪ブレーキ、ギア操作だ。まいったな……。

「師匠、操作系がややこしいです。どうしますか」

「お前に運転手を任せるから好きなように作り替えろ」

 無茶振りである。

 周りを見回すと…… スリーペダルのモデルもあるじゃないか。

「あれはどういう操作なんですか?」

 店員に聞いてみる。

「後進にする場合に足で操作するようになっております。頻繁に後退するような運搬車はこちらのほうが楽かもしれません」

「速度調整は……操舵そうだ輪の近くにある棒で操作するしかないんでしょうか?」

「そうなっております。もしご希望であれば配置を調整することもできますが……」

「足で操作するようにしたいので、もう一つ足踏みの…… これ・・なんて言うんだろ? 操作用の踏み板をつけられますか?」

「配線込みとなりますと少々お時間をいただくことになりますが、可能でございます。お客様の要望第一をむねとしておりますので」

「どうします、師匠?」

「好きにしろ。どうせ改造ベースだ」

「出資者の了解が得られたので、要望だけまとめて……」

 と、T型フォードのようなトラックを前世の慣れた操作系に準拠させる改造を一通りお願いしてみた。

「可能でございます。一晩いただければ」

 と笑顔で答える店員。エンジニアが裏で泣くパターンじゃないだろうな、これ。

「で、買っちゃったとしてどうやって持って帰るんです、師匠」

「練習してお前が運転」

 おおぅ……。

 そういう事であればしかたがないので操作系はばっちりカスタムしてもらうことにした。エンジン、運転席と操作系だけついているベースキットを元にクラッチ、ブレーキ、アクセルの、自分には慣れた操作系の実装を依頼。荷台、運転席の屋根などは自分たちで載せることにした。帰ってから野鍛冶兼何でも屋のヘンリー師匠に協力してもらおう。

「あとはそうですね、動力の強化と予備部品を一通りですかね。予備車輪は一式に二つ追加で」

「動力強化でしたら運搬車用の動力主機も用意しております。そちらはお高くなってしまいますが、先ほどの改造もコミであれば明日の昼までにはご用意できます。運搬車は力のある主機をお求めになるお客様が多いのです」

「どのくらいの出力ですか?」

 念のため聞いておく。

「50馬力で最大時速が平地で55マイルとなっております。荷物の積載量もかなり増やせるかと」

「可能な限り低重心にして欲しいんですが……」

「さすがに基本設計を変更するのは一晩で、とはいきません。ご了承ください」

「しかたないな、そこは俺らでやるからいいよ」

 とはベック師匠の言葉。


 無茶なオーダーと魔改造が始まる。

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