第82話 ストック&リムーバル法は甘くなかった

82話:ストック&リムーバル法は甘くなかった


 正直、舐めてました。すみません。


 ストック&リムーバル法。グラインダーやベルトサンダー、フライス盤があるから、どうとでもできるだろうと思ってました、はい。すげえ難しいです。


 まず鋼材。焼き入れ前とはいえ機械加工で熱を入れちゃうとすぐ特性が変わっちゃいます。平面、平行を出すのが大変です。ベルトサンダーに押しつける強さですぐにナナメになりました。


 本当に見通しが甘かったです。ダガーみたいな左右対称の形は削り出すのが厳しいです。さらに刃のグラインド、ヤスリを使って手で少しずつ削らないと、まずまともにいきません。


 ベルトサンダーを使って手を抜こうと思ってたら削りすぎます。でも金属ヤスリでゴリゴリ削ってもまっすぐにはなりません。


 削り台を作ってなんとかしました。ブレードをバイスで挟んで固定して、奥の方に木の台とくぎ2本。その釘の間にヤスリをくっつけた鉄パイプを置いて角度を維持。これでなんとか角度を一定にたもちながら削ることはできるようになりました。


 日記なのに思わず口調が変わるくらいには痛い目を見た。一日試しただけで思ったようにダガーの形を削り出すのは到底無理と悟る。作りやすい形を考えた方がよほど早い。CNC加工機って凄い発明だったんだなぁ。



 ともかくあるもの、ある技術だけでなんとかしよう。そうしよう。


 確認。ボール盤、旋盤、フライス盤、鋸盤バンドソー。ベルトサンダー、ドリル、バイス、金鋸。なぜか缶詰めを作る工作機もある。


「あ? そりゃ旅に出る時に荷物を軽くするためだよ。瓶詰は重いからな」


 とのこと。そりゃあそうなんだろうけれど。どこにでもあるものって訳じゃなかろうに。


 フライス盤の土台ベースをナナメにセットすればナイフのブレードを平面にすることも可能だろう。固定のための治具じぐを作ればなんとかなりそうだ。


 刃物の刃はどのくらい角度をつければいいのだろうか。ハンティングナイフは20~25度、包丁は27度前後、ラフに使うナイフや斧は30度かそれ以上だそうだ。


 今から造ろうとしているナイフは斬りを主眼にしてはいない。なのでとりあえずは30度くらいあればいいだろう。片面で15度。つまりベースを15度傾けて両面を削れば30度の刃がつくということだ。もう少しだけ鋭く、ベース14度で28度刃を削ってもいいかもしれない。


 色々考えた末、機械で削れるところは機械で削り、人がやらなければならない部分は人がやる。その上でやり過ぎないように目安となるものを用意することにした。


 鋼材をベースに固定する。しかしその時にある程度は鋼材を浮かせてやらないとフライス盤のベースまで削ることになる。それはよろしくないので1インチ強の厚みの鉄塊をジャンクボックスから拾い、フライス盤で全面を1mmほど削る。裏返して、また全面を削る。


 これで水平が出た土台が削り出された。加工跡が表面に残ったが指先で触ってもほとんど分からない程度の凹凸おうとつだ。爪がひっかかるかどうか。このくらいなら問題ないだろう。


 ベースに固定する治具、それの基礎はできた。あとは数センチごとに固定用のネジ穴を用意する。グリッド状にネジ穴を掘る。そのためにけがき針で目安を引き、1インチごとに平行なラインを刻む。90度ひねって、また平行ラインを引く。交差した部分に穴をあける。


 ボール盤の出番だ。その後、ネジ切りをする。ブレード自身を削る時に邪魔になる部分は削り落とす。丁字型の土台、その左右部分にネジ穴が並ぶ。鋼材をネジ止めするための部品も平面出しをして板状に削り出す。治具のグリッドに合わせて穴をあけ、適当なボルトを数本用意。


 鋼材を固定してみる。がっちりまる。これなら加工に問題は出ないだろう。鋼材の平面出しに表面をフライス盤で削ってみる。必要十分な精度が出ているようだ。素人でもこの程度はできる。できてしまう。もちろんベック師匠による三ヶ月の指導があってのものだが。フライス盤も元の世界のものと遜色ないレベルだ。凄いな、この世界。


 おかげで欲しいものを自分の手で作れるようになった。もちろん焼き入れや表面処理など師匠に任せないといけない部分も残っている。


 しかし既製品やオーダー品だけしかない状態とは違う。細かい形状まで納得できるまで作り込めるのだ。さらに使ってみて不便な部分は自分で直せる。ある程度汎用的な製品ではなく俺のスタイルに合わせた俺だけの一本を作り上げる。


 いいね。


 紙にダガーの形状を描いて左右対称に写した型紙を鋼材に乗せ、けがき針で転写する。針の跡を目安にバンドソーで一回り大きく切り出す。切り出したらベルトサンダーでギリギリまで削り、形を整える。先端が尖った、縦に引き伸ばした十字架のような形が現れる。


 治具に鋼材を固定、土台を10度ほど傾ける。尖った切っ先に向けてナナメに、平面出しのときのように鋼材を削る。本当はなめらかに丸く削り出したかったが工数がかさむ。それに裏表対象に削り出す自信がない。なのですぱっと・・・・削り落とした形にする。片面を削り、裏返してまた削る。


 次は刃の部分を削り落とす作業だ。土台の角度は14度に変更、90度回して固定。刃をナナメに落とす。反対側も削る。位置決めがしっかりできたのか、切っ先に菱形ひしがたが浮かび上がる。ゲームの武器アイコンのようだ。先端がちょっと違うけれど。


 裏側も同様に処理した後、鋼材の真ん中と刃の厚みの中央にけがき針でラインを引く。ここを目安に刃付けをしていくのだ。


 今のままでは左右と切っ先だけしか尖(とが)っていない。削り台に固定し、サイドの刃から先端までを金属ヤスリで削る。角度を統一して滑らかに削いでいく作業だ。


 平たい金属ヤスリを鉄パイプに針金で固定。鉄パイプは削り台の釘の位置を支点に自由に動く。もちろん角度は一定で。横から先端までをぐるっと削れば切っ先まで滑らかな刃となる。


 最後まで削りきってしまうと焼き入れ時にひずむ可能性があるので0.5mmほど残す。


 後はヘンリー師匠に焼き入れを依頼すればいい。焼き入れが終わり表面処理がほどこされたダガーに小刃をつければ完成。


 おっと。グリップを固定する穴を先にあけておかないと。焼き入れ後は硬くて文字通り歯が立たなくなる。ボール盤でグリップ穴をあけ、二回りほど大きいドリルで穴の縁をかるく削る。


 ヘンリー師匠に鋼材を渡し、焼き入れ焼き戻しをお願いする。ベック師匠の店に戻り、自分の工房となった工場こうばの片隅に籠もり、型紙と硬めの端材からグリップも削り出す。接着固定の用意済み。


 シースも作ろうかと思ったが、これは携帯するダガーなので本職の革職人さんに依頼しよう。現物が出来てからじゃないと無理なのでToDoリストに追加。


 あとは焼き上がりを待つだけだ。

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