第35話 チュートリアル山賊団?

 馬車の屋根上にあぐらをかき、まわりを監視する俺。四頭立ての馬車は森を進む。幌馬車ではなく御者台と荷室が木でできたタフな馬車だ。強盗・野盗対策に丈夫な馬車を使っているのだろう。もちろん載せきれない荷物を天井に積むためというのもあるのだろうけれど。

 レバーアクションカービンを吊して周囲の警戒をしている。後続の馬車には山と積まれた銃器。まわりには強面のマッチョが馬に跨がりあたりに視線を飛ばす。その手にはライフル。皆同じライフルだ。馬上で振り回すには大きすぎる気がしないでもないが、その膂力りょりょくでハンマーを振るっている鍛冶屋ギルドの若い衆にとっては何でもないことなのだろう。

「前方はどうか、ジョニー?」

「異常なしです、ジャック」

 声をかけてきたのは鍛冶屋ギルドの若い衆を束ねるジャック・ムラタ。ギルド長サム・ムラタの孫である。孫といってももう30なかば。若手の中でも頭角を現しているやり手エンジニアだ。今はオートマティック銃の開発をしている最中らしい。ムラタのおやっさんには義理もあるので、そのお礼がわりにブローバックとオープンボルトの概念を教えておいた。これで連射式の短機関銃くらいならいけるはずだ。ボルトが後退した位置にロックする機構とそれの開放をトリガーに連動させるようにしたら「トリガーを引いているあいだだけ連射できる」オートマティックができる。実際に作るときはボルトの重さやバネの強さなどをいろいろ試行錯誤する必要もあるだろうけれど。

 開発に使えるネタはほかにもいくつかある。簡単なところでオープンボルト銃の全長を短く抑えるL型ボルトやコの字ボルトだとか、コッキング中にうっかり手を離しても暴発しないセーフティ機構とか。

 旅の途中、暇な時間はジャックとの会話がよい暇つぶしとなった。いろいろと銃の機構について話し合うのは楽しい。生産技術的に可能かどうかは置いておいて、どの機構方式が優れているか、オートマティック用の弾倉に合う新型弾薬の形状案など、比較検討するのはエンジニアとして興味深い時間だった。


 二日目の夕方。森の中はすでに薄暗い。月が小さく、ほとんど光が届かないのだ。しかもその月に細い影がかかっている。

「前方に違和感、注意してジョニー」

「了解、エミリー」

 後方を警戒しつつジャックと会話していた俺に警告してくれるエミリー。それを聞いて即座にライフルを構える皆。さすがに腕自慢が揃っている。

 しばらく進むと俺にも分かるほど匂ってきた。血とはらわたの中身、つまりはゲロとクソの匂い。死体、戦場の臭いだ。幸いと言っていいのか腐臭はしない。新鮮な死体だ。

「これは人間の血か、エミリー?」

「おそらくそう、ジョニー」

 血の臭いでかなりきつそうな表情のエミリー。嗅覚が鋭いとこういうときには辛いのかもしれない。

 馬車のスピードを落とす。同時に周囲の警戒に力を入れる。俺は馬車の屋根に寝転び、双眼鏡で前方を確認する。焚き火の跡と、その周囲に広がる血の海。ぶんぶんとハエが飛んでいる。殺されまき散らされていたのはたぶん人間。元の形をとどめないほどぐちゃぐちゃになっているのと壊れた銃器が落ちていることから、たぶん人間なんだろう。

 ちょうどキャンプを張ろうと考えていたあたりでこの惨状である。さすがにここで一泊するのは遠慮したい。

「ここに泊まるわけにはいかないよなぁ」

 つぶやくジャック。それに応じてベック師匠が。

「だな。しばらく先に避難小屋がある。そこまで行ってからキャンプだ。夜道を進むことになるから気をつけてくれ」

 先頭の馬車にカーバイドランプを吊る。夜間だとこれを目印に狙撃を受ける可能性があるのでちょっと高めに吊っておく。馬車の屋根に座っていた俺やエミリーは伏せるようにして警戒。ランプはちょっと眩しいくらいに明るい。それに燃焼ガス独特の臭いがあるので周囲の匂いが分かりにくくなって不利な気がする。燃焼音もある。

「光が届いている範囲以外、ほとんど周囲が分からないのがきついな」

 ついついこぼしてしまう。

「その分はこっちで補うさ」

「任せときな」

 とムラタのおやっさんの所の若い衆が次々と声を上げる。頼もしい連中だ。全員年上だけどな。

 無事に野営地にたどり着き、夜明けを迎えることができるのだろうか。

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