第34話 旅は準備が一番重要だと思う

 翌朝。テイラーでは店長がえらく丁寧に対応してくれた。俺は珍しいオーダーをする客だし、帽子の出来に自信があるらしい。お得意様候補って所か。

 テイラーにオーダーしていた帽子は実に満足のいく造りだった。いわゆるジャングルハットもしくはブーニーハットと呼ばれるつば広の帽子だ。日よけ雨よけに使えるし、シルエットをごまかすのにも都合がいい。

 気に入ったので同じ物をもう一つオーダーしておく。なくすことはないだろうけれど、経験則的にミリーが欲しがる。店長にお礼をいうとテイラーの帰りに紙や鉛筆を買った雑貨屋に向かう。ほかに必要そうな物をいくつか購入しておきたいのだ。

 雑貨屋では「僕」の知識に従って罠を作るための針金を購入。なにかあって食料がないときにウサギなどを捕るのに役立つ。小振りのワイヤーカッター付ペンチ、綿の紐も買っておく。本当はガムテープも欲しいが技術的、時代的にまだ存在しないらしい。「俺」として欲しかったのが布バケツ、小さな鏡、ひげ剃り用の石けん、剃刀かみそりと予備の刃だ。これらもいくつか入手。ひげ剃り石けんは手洗い用ではなく泡立てて滑りをよくするための物。カップの中で固まっている。これに水を多少加えてブラシで泡立てて使うのだ。

 15という身体年齢の割に髭がうっすら生え始めているからね。これから取引先に向かうというのに無精髭が伸びっぱなしというのもよろしくない。

 この店は雑貨屋というより何でも屋、ホームセンターを小振りにしたような品揃えだ。農薬のたぐいも置いてある。農薬から火薬を作るのも面白そうだと思ったけれど、ギルドから無煙火薬を買うか師匠のコネ・ツテで発破用の爆薬を買った方が安上がりだし品質もいいんだよなぁ。元の世界の知識を使う機会はあまりない。ちょっと残念。現代化学知識無双は不可能だ。


 そういえば師匠からいただいたホルスター、4.75インチの.44口径用はこの世界での標準的な抜き撃ちスタイルだった。正直使い勝手が良いとはいえない。トリガーに指をかけたまま抜けるのはいいが、きっちり水平にしないとホルスターに穴があくことになる。練習すればいいとは思うが、ホルスター上で一発撃ったあとに両手持ちに移行するスタイルだとちょっと使いにくい。抜きながら相手に向けつつ腰骨で保持というのがやりづらいのだ。

 ウェスタンなスタイルの抜き撃ちは苦手だ。買い出し旅行から帰ってきたらどうにかしたい。最初に希望した短い.44口径なら銃口がホルスターの内側をこすりながら抜く、なんてことも少なくなって多少はマシになるだろうか。現状では左太もも前の半クロスドロウポジションにホルスターを吊るのが一番早く抜けるだろう。たぶん抜き撃つときの右腕が動かせる余裕の問題なんだろうな。


 なんにせよ旅の準備はおよそ整った。小さなボトルをスキットル代わりにウィスキーを満たしたし、食料は師匠が準備してくれるという。個人で持っておくのは水筒と干し肉くらいでいいだろう。ウィスキーは気付け薬だと言い訳をしておこう。

 あとはついでにいくつか買ってきた金具とベルトで縫い物をちょっとやれば完璧だ。実戦で活躍しないことを祈る。

 晩ごはんのときに師匠と事前打ち合わせをしたら今日は早めに寝ることにしよう。

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