第28話 エミリーは仕事を選べない
エミリーを引き剥がしたあと、しばらく逡巡する。
エミリーをどこに住まわせるかが問題だ。ただでさえ女性の少ない西都市。その上、被差別種ハーフだかクォーターだか先祖返りだかで危険だときた。
これが開拓村ならまだマシだ。なんせ村ごと身内みたいなものだから。一度上下を叩き込むか上を抱き込んで認めさせたら問題はまず起きない。なぜなら協力しなければ死ぬのが開拓村だ。よけいなことをして問題を起こすようなやつを助けてはくれない。
その点、「僕」の父は分かっていた。僕ら兄弟達にエミリーを、ときには暴力をもってしてでも守るようにきっちり言い含めていたのだ。その後のトラブルは村長を味方につけて回避。当然、被差別種といえど開拓村では貴重な労働力。いじめなどに真っ当な言い分なぞ存在するわけがない。
開拓村のルールはいたってシンプルだ。よけいなことはしない。身内は守る。よけいなちょっかいを出したやつらはこの二つのルールに違反した。
しかし拓かれて十分に時間が経過した西都市は大都会。身内という概念も小さくまとまっている。家族友人顔見知りは身内でも、それ以外は他人である。自分の身は自分で守る、というのが西都市の常識。いや、この世界の常識といえるかもしれない。
エミリーは守ってやるつもりだが、どこまでやっていいやら。言い寄ってくるやつらは銃で脅していいのか? 襲ってくるやつらは殺しても問題ないだろう。襲われたと証明できれば。保安官とコネをもっておきたいところだ。
などといろいろ考えていると。
「なあ、お嬢ちゃんよ。気に障ったらごめんよ。お前さん、アヌビス種かウプワウト種の血が入ってるんだろ?
鼻は利くほうかい?
目は?」
「はい、匂いには敏感なほうかと。視力は人並みだと思います。血筋のことは気にしないでください、慣れてますから。
あとアヌビス種かどっちかはちょっと分からないです」
俺とは態度が違うぞ、こら。
「ふむ、銃は使ったことあるか?」
「いちおう。護身用程度ですけどライフルを」
「これを使えるか?」
ベック師匠がラックから取り出したのはボルトアクションライフルだった。
「使い方を教えていただけたらいけると思います」
けっこうでかい銃だが大丈夫なんだろうか。確かにエミリーは身長の割に骨格はしっかりしているほうではある。筋力も野良仕事で鍛えられているはずだ。これで歳をとったらオクタゴンバレルを振り回して先祖代々の土地を守るパワフルババアに進化しても違和感はない。大丈夫か。
「ハンティングにはいったことないはずです。リボルバーライフルの扱いはできると思いますけど」
と横から口出しをする。こっちを睨むな。
「ま、練習すりゃいけるか。うちで売り子やってみるか? 看板娘にゃ十分な器量良しだし」
「やだ、ベックマンさんたら」
という割にまんざらでもなさそうだ。しっぽが振れている。分かりやすいな。
「あとは金勘定ができれば売り子としてはバッチリなんだが」
「それはちょっと自信がないです……」
しっぽもしょんぼり。心なしか耳も垂れてるように見えるのは気のせいか?
いちおう兄妹分の情け、俺が教えてやるか。四則演算で十分だろう。
「計算なら俺が教えられると思います」
「「え、できるんだ?」」
師匠とエミリー二人の声が重なる。
「なんだと思ってんですか。そのくらいできますよ」
と思わずいってしまったが、「僕」は手先が器用なかわりにあまり勉強ができないことになっていたのを思い出す。遅いよ。もう手遅れだよ。
「普通は女のほうが学があるもんだがなぁ」
師匠の言葉に二人が黙り込む。
「ならお前さんがお嬢ちゃんに教えてやりな。最低限、金勘定と在庫管理くらいができりゃ御の字だ」
またやらねばならないことが増えてしまった。
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