第3話 経験値なんて分かりやすいシステムなどない

 おっさんとオオカミ男の戦闘を目の当たりにして俺は立ちすくむ。

 どちらの味方をすべきだろうか。いや、そもそも関わるべきじゃないのかもしれない。MMO-RPGでよくある「横殴り」になるんじゃないのか。


「おい、見てないで加勢してくれ。銃持ってんだろ、ぼうず!」


 どうやら杞憂だったようだ。遠慮なくライフルを構える。


「どこを狙えばいいですか!?」

 大声で答える。


「腹狙え! 素人でも当たりやすいだろ。

 弾代はあとで払ってやる!」


 おっさんは割と必死だ。こんな会話の間もパンパンとオオカミ男に向かってごつい長物を撃っている。

 俺もライフルを構え、背中を岩壁に押し当てて狙う。「僕」は心臓を狙おうとするが「俺」は言われたとおり腹に照準しようとする。どっちがいいんだろう。

 考えるより先に「僕」がトリガーを引く。パン。

 オオカミ男の胸に現れる小さな赤黒い点。

 意に介さずどちらに襲いかかろうか逡巡するオオカミ男。

 弾を込め直すおっさん。


 パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、カチッ、カチッ、カチッ。

 12回トリガーを引いて九発がオオカミ男の胸に吸い込まれる。

 毛皮に現れた赤黒い点がじわじわと広がる。そしておっさんのライフルの発射音。オオカミ男の顔に花が咲き、崩れ落ちる。


「助かったぞ、ぼうず。どうした、ライカンスロープを見るのは初めてだったか?」


 呼吸を忘れるというのはこういう感覚か。

 息を吐く。

 狭まっていた視野が広がる。


「村じゃ野犬やイノシシを追い払うくらいにしか撃ったことがなくて」

 反射的に「僕」が答える。

「そうか。それにしちゃ綺麗にまとまってたぞ。おかげでシカ弾に変える余裕ができた」

 おっさんはにっこりと笑う。

「シカ弾?」

 よく見るとおっさんの銃はダブルバレルのショットガン。腰から紐で拳銃がぶら下がっている。

「鳥撃ちしか込めてなくてな。

 ハンドガンで牽制しているうちに弾切れときた。

 お前さんが来てくれなかったら食われてたかもな。

 あ、今のうちに弾込めとけ」


 いまさらのように震えが来る。

「おい、顔色悪いぞ。大丈夫か? 水のむか?」

 思った以上に気のいいおっさんだ。


「大丈夫です」

 言ったものの力が抜ける。「俺」も「僕」も殺しには慣れていない。へたり込みながらもポケットから弾を取り出し込め直す。指先が震えて取り落としてしまった。

「ま、いい経験になっただろ。

 こっちも助かった。ありがとう」


 おっさんが弾を拾ってくれる。

「こんな豆弾使ってるってことはハンターじゃないんだな。

 村から出てきたばっかりの若い衆ってとこか」

「はい。西の都市で仕事を見つけようと思いまして」

「なら宿も決まってないんだろ。うちは西都市だ。泊まってけ」

「あ、はぁ。ありがとうございます」


 トントン拍子に今夜の宿を得た。聞きたいことも山ほどある。都市に知人ができるのはありがたい。

 俺は岩の上で崩れ落ちたオオカミ男のほうを指す。

「それよりあの、ライカンスロープでしたっけ。あのままでいいんですか?」

 おっさんがショットガンに弾を込めながら答えてくれる。

「道の真ん中じゃないから獣よけになるだろ。

 このあたりは大物もめったに出てこない。あれは群れからはぐれたやつだろう」

 山から下りてきたオオカミみたいなものだろうか。

「ん、顔色も戻ったな。馬に乗せてうちまで連れてってやる」


 どうやら一人旅ではなくなったようだ。

 安心したところで俺は気を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る