3.

「嘘を見破るのが一番簡単で一番難しい人、か」


 火曜日。暖房の効いたエレベーターは、淡々とした音声で帰宅した私を出迎えた。扉が閉じていく間、昨日の言葉を以前も聞いたことを思い出す。


 中学時代、このエレベーター内での話だ。当時は今から思えば少々恥ずかしい、小難しいことを問い掛け合うのが二人の間の流行りだった。問題の答えは、はぐらかしたまま教えてくれなかった。


 大丈夫私達の友情は、と自分を励ます言葉が途切れる。友情だなんて使い古された言葉の軽さ、安っぽさに、思わずその場に座り込んだ。


何かがのしかかってくる感覚が私を襲う。彼女のいない十五秒間は、こんなに長かっただろうか。今までも何度もあったというのに。


 早くエレベーターから出たい。しかしこのまま中に居たい気もする。ここなら生温い空気も、優しいしょこらも、何故しょこらが急にあんなことを言い出したのかも、全て曖昧にして閉じ籠めておけるのだ。


 八階です、と告げた無感情な女性の声に、私は思わず昨日の朝は押されていた「一」の丸いボタンを押した。


 ドアが再び閉じていく。


 手が氷に触れたかのように冷たい。昨日朝彼女は、これをどんな気分で押したのだろう。自然と触れた指を反対の手が包み込んだ。降下を始める小さな衝撃が私の身を震わせた。どこまでも落ちていくような感覚に陥る。


 そう、このまま、このまま――。


 冷たい、少し高めのラの電子音が、思考を遮った。


 一階です。ドアが真ん中から開いていく。

 まるで私を早く追い出したいかのようだった。

 何の変哲も無い、ただの電子音だというのに、それは私が信じていたかったものを否定するようにすら聞こえた。


 外に出ると、昨日とは違う冷たい冬の風が心を突き刺す。私は暖かなエレベーターから、春の来ない二月の終わりの中へ放り出された。


 自転車小屋の近くに設置された、まだ何も植えられていない花壇の淵に座り込む。鞄のストラップの金色は、光を反射しなかった。

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