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「嘘つき村はあるね。あってもらわなくっちゃ困る」アキノ・シヲルは憮然としてつぶやいた。「そのためにいくら金をかけたと思ってるんだ、嘘つき村がないなんてことがあったら、大赤字だぞ。まったく……」


 アキノ・シヲルが職を失ったのは、ちょうど1週間前のことだった。

 なんのことはない、これまでの悪事が暴かれたのだ。

 あるときは情報を隠し、あるときは情報を偽った。クライアントに対して脅迫めいたことをしたことだってあるし、逆に融通を効かせて懐柔することもあった。全ては熱心な、小金を着服するという情熱によってなされたことだ。

 彼は自分の領分においてはうまくやっていたし、所属する企業にだって決定的な損失は与えていなかったはずだった。


 事情が変わったのは、あの監査役というものが導入されてからだ。

その時のことを思い出すと、アキノの中に苦々しい気持ちが蘇ってくる。

 突然オフィスに現れた、あの監査役の先住民――赤く焼けた肌をした、ひょろ長い背丈の男――は、じつによく、あいつ自身の仕事を全うした。些細な証拠からアキノの汚職を暴き出し、そして糾弾してみせたのだ。


 月の先住民は公正である。それは遺伝学的にも立証された科学的事実だった。地球人類と比して、前頭葉の一部の構造が明らかに違っていたのだ。


 あいつはじつに公正な男だったよ! とアキノは心の中で皮肉げに賞賛してみせた。

 あの仕事ぶりなら、きっと個々人の利己的な行動は抑制され、業務全体は効率化していくのだろう。ほかの金融機関にしても、きっとそれは同じだ。


 今やほとんどの金融機関があの赤い肌の監査役を導入している。多くの場合、それは株主からの要請によるものだ。つまり、企業の内部が公正になれば、業務は効率化を達成し、業績はより良くなるだろうとの狙いだ。

 そしてその狙いが正しいことは、これまでの数字が証明していた。


 いまや、この月植民地は公正さに覆われようとしていた。

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