月先住民族を植民地経済に対して有用ならしめんとする私案

@annri

プロローグ


 月の部族の掟は厳しい。

 極限を生きる彼らにとって、だれか個人を養うリソースさえも、常に厳密で、切り詰められるべき可能性を持っている。

 月の先住民族にとって、全体というものは常に優先される。


 一人の男――その肌は宇宙線に焼けて赤黒く、原生植物から編み出された白くて硬い粗末な布を全身にまとった男――は、集落の外に広がる景色を見た。

 月の荒野には風が吹いていた。巻き上がられた白い砂塵は、薄い大気の中でいつまでもたゆたい、月面に落ちることもなく、景色を霞ませていた。遥か遠く地平線では、宇宙の色を濃く残す空と、乾いた白い大地とが、軽薄に重なっていた。


 男は、部族の掟を犯した。食料の分配の意図的な操作。それは公正さからの逸脱だった。

 公正でない、ということは、月においては重罪であった。過去、いくつもの部族がそれにより貧窮し、場合によっては滅んでいった。


 長老たちは掟に従い、男を集落から追放することを決議した。この乾ききった月面において、追放とは社会的な死であり、事実上の死であった。規範は他の部族とも共有しており、彷徨える人間がどこかの集落に迎え入れられるということも、あり得なかった。


 狩りや採集に赴く時とは違い、見送りは誰もいなかった。それもまた追放に関する従属的な掟によるものだった。


 やがて男は、一人、歩き出した。

 あてはなかった。――ひとつだけ、脳裏に浮かぶ伝説があった。

 けれどそれは、きっとただの慰め話。口々に囁かれるだけの、希望的観測。

 この広い月面のどこかに、追放された人間によって作られた集落がある――だなんて、そんなの、分別のついた大人が本気にする話ではない。男はすぐに自嘲した。

 

 嘘つきな人間だけが済むという、《嘘つき村》。

 この世界に、ほんとうに、そんなものがあるのだろうか?

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