第355話

 シンが叫んだ瞬間、《アスクレピオス》は過剰とも言えるような反応でシンを投げ、横に飛んだ。しかし――


「セブンソード・メテオ……が、発動しない?」

「だって僕、そのスキルを習得していないから」

『……なるほど、はったりというわけか』


 《アスクレピオス》は嬉しそうに笑みを浮かべ、両の拳を構えた。そしてそのままシンに殴りかかったが、背後からのアリアの剣に、仕方なく攻撃を中断した。


『比翼連理と言う言葉がある。まさに貴様らに相応しい言葉だな』

「それは!」

「どうも!」


 アリアの剣が《アスクレピオス》を斬り裂こうと迫り、シンがアリアを襲う《アスクレピオス》を無効化する。


「そう言えばどうしてシンのセブンソード・メテオをあそこまで警戒したのかしら? はっきり言って、セブンソード・メテオなら回避も簡単じゃない」

「アリア基準で考えたらダメだよ。僕だって避けるのは出来なくもないけどさ」

「なら良いじゃないの」


 アリアはそう言いながら《アスクレピオス》の額に膝を叩き込んだ。体勢を崩す《アスクレピオス》の心臓に剣を突き刺そうとしたが、《アスクレピオス》はそれを避けて


『この程度で負けるものか!』

「うーん、負けるんだよねそれが」

『っっっ!?』


 背後から、自分の胸を刺し貫いている剣を眺めて《アスクレピオス》は動きが固まる。そして、驚いたように背後に目を向けると


「やぁ」

『シン……貴様ァ!』

「アリアだけがずっと攻撃するって思い込んでいる君が悪い」


 シンは《アスクレピオス》の背中から剣を引き抜いて、そのまま高速の連続斬りを放った。そして、《アスクレピオス》の体力が高速で失われて行き――


(消えていない? 心臓を刺し貫いた感触はあったのに!)


 シンは動揺しながら翼を広げ、跳び上がった。そしてそのまま、《アスクレピオス》を眺めていた。変貌する《アスクレピオス》を眺めていた。


 その身を両腕でかき抱き、《アスクレピオス》は絶叫する。するとその身に、螺旋大陸の全域から次々と蛇が飛びかかり、噛みついた。そして毒を流し込む。毒を流し込んで、《アスクレピオス》の表面の色が変化する。人肌色のそれが、紫色のそれに変化した。


「――アリア」

「ええ」


 アレは危険だ、と本能的に察知する。アリアはそっと《大翼剣ひよちゃん》を構え、狼の左腕を構える。

 シンは《夜明けの剣》と《黄昏の剣》を構え、《アスクレピオス》の攻撃に備える。直後、シンの体が吹き飛ばされた。


「シン!?」

「大丈夫、防いだから! ダメージは受けていないよ!」

『――よもやこの私をここまで追い込むとは思えなかったな。貴様らには敬意を払おう。アリア、シン、スカイ、ヴィクトリア、エレナ、リョーマ』

「俺らは何もしてねぇよ」

「ご主人様が結果を残しただけで、私たちは関係ありません」

「蛇を斬っただけだしね」

「拙者も少し斬っただけで御座るしな」


 四人の言葉に《アスクレピオス》は小さくため息を吐いて、


『謙遜も度が過ぎれば嫌みと化す。それを努々忘れるな』

「ん」

「や」


 背後からアリアが斬りかかり、正面からシンが斬りかかった。しかし《アスクレピオス》はそれに機敏な動きで対応し、両手で剣を掴み取った。そしてそのまま回転して二人の体を投げ飛ばした。

 アリアとシンは空中で体勢を立て直したが、《アスクレピオス》が手を振るとその延長線上にいたアリアがさらに、吹き飛ばされる。しかしダメージはない。そして


「《居合い・白桜》!」

「《ラストアルカナム》!」


 二人の攻撃が《アスクレピオス》の動きを阻む。そしてその頭に向けて振り下ろされる箒と、剣。しかし――当たらない。そのまま4人までが吹き飛ばされてしまった。


『――なんだ、やはり愉快な奴らだな』

「あら、嬉しい」

『だが貴様らの攻撃が私には届かないと理解しろ!』

「それはどうかしら? セブンソード・メテオ!」

『っっっ!?』


 《アスクレピオス》はアリアの声に過剰に反応し、距離を取った。そして直後、何も放たれていないことに気付き、動揺した。


『またしても張ったりか!?』

「ええ、そうよ。あなたはまた、引っかかったのよ」

『――愉快な』


*****


「おー、やってるやってる」

「蛇遣い座の《アスクレピオス》か。星獣を相手に本来ならレイドで戦うというのに、たったの6人で戦うというのもおかしな話だが」


 マモンの言葉に魔王は頷く。すると


「アリアたちが最後の星獣を倒してしまいますか……」

「終に、始まってしまうのですね――最後の戦いが」

「最後の計画が、始まるのですね」


 マグナとオバマだけが、その様子を悲しみと共に、眺めていた。


*****


 アリアの剣が《アスクレピオス》の腕に深い亀裂を産んだ。そしてそのまま、そこに狼が噛みつくが――


「噛み千切れないっ!? それどころか、牙が抜けない!?」

『遅い!』

「にょっ!?」


 アリアの左腕が斬り飛ばされた。そしてそのままアリアの体を突き飛ばし


「《エウローペ-》!」

『牡牛座か!』


 シンの剣が拳と激突し、しかしどちらも撃ち落とされない。それは衝撃を相殺する剣の力。

 今の内にアリアを遠ざける。腕を切り飛ばし、その腕を回収したシンは《アスクレピオス》の腹を蹴りつけ、跳ぶ。


「アリア、大丈夫?」

「――ルフ、大丈夫?」

『がぅ……』


 アリアの左腕から分裂した狼は力無く吠える。その頭をシンは撫でて、アリアの腕をアリアに渡す。咄嗟の判断で斬り飛ばしたのは、アリアに取って問題はないようだ。


「体力が減っているから忘れないでね」

「自動回復があるから問題ないわ……腕も、すぐに戻るし」

『まさか妻の腕をそんなに軽々と斬るとはな。愛情が無いのか?』

「まさか」

「腕を斬る程度で愛情が薄れるなんて思って欲しくないわね」


 アリアは微笑みながら剣を構えて


「ちゅう吉! 《鳥獣解放ビーストリベレイト》!」

『ちゅうぅぅぅ!』


 アリアの肩に出現したちゅう吉が大きく鳴いて、その全身が光に包まれ――大きな三角帽子となった。そしてアリアはそれを被って


「《マジカルちゅう吉帽子》!」


 ネーミングセンスが壊滅的だ、とシンが思っていると


『――その帽子は今の貴様の装備とは合わないのではないか? その装備はどちらかと言えば魔法使い向きの装備……? 貴様は一体、何を企んでいるというのだ!?』

「くくくくく、分からないならそれまでよ!」

「うわぁ、悪役」

『――まずは邪魔な貴様らからだ!』

「「「「っ!?」」」」

「エレナ!?」


 《アスクレピオス》の拳がエレナを吹き飛ばした。そしてそのままスカイ、ヴィクトリアを吹き飛ばした。

 リョーマだけが何とか回避したが、続いた蹴りを鞘に収まった刀で防ぎ、吹き飛ばされた。


『ふむ……意外と硬いな。貴様らも侮れる相手ではないと言うことか!』

「拙者を侮られると困るで御座るな!」

『お前は特別に警戒を増している』


 居合い斬りに合わせて放たれた手刀が、リョーマの刀を受け止める。そしてそのまま連続して斬りつけたが、《アスクレピオス》は手刀でそれを相殺した。

 さっきまでは使っていなかった手刀。リョーマは刀で斬り合っているが、基本的に一撃必殺を常としているからこそ難しい。


「っ、次の合を仕舞いとさせてもらおう!」

『良いだろう、武人よ!』


 《アスクレピオス》は頷いて、リョーマから離れた。そしてそのまま、右手を刀のように構え、居合いの構えをとった。


『好きなタイミングで打ち込んでこい』

「遠慮無くさせてもらうで御座る!」


 高速の居合いが交差して――腕に傷を付けられた《アスクレピオス》はにやり、と笑って


『残り、5人だな』

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