第354話
「蛇は私が引きつけるわ!」
アリアは叫んで翼を広げる。そして高速で飛び回り、蛇を撹乱しながら次々と切り落としていた。
「シン! 指揮は任せるわ!」
「ん、了解。右斜め背後から三匹、下から七匹、上から数え切れないぐらい。《アスクレピオス》には隙があるよ」
「ん、了解! ひよちゃん! ルフ! 《
アリアが巨大な剣を背中の鞘に収め、両手をバッと音を立てて広げ、叫ぶ。直後、その背後からアリアの呼応に応えた二人が出現し、その全身を光で包み込んだ。
そして一つの光はアリアの右手に収まり、もう片方の光はアリアの左腕を包み込んだ。右手に収まった光はその全身を伸ばし、剣となる。もう片方の光は腕と同化し、腕を変貌させる。
アリアの右手に握られているのは翼を模した剣、《大翼剣ひよちゃん》。ネーミングセンスが壊滅的というのを無視すれば至高の剣である。
アリアの左手は狼の頭が同化したような異形のそれと変貌していた。そしてそれはアリアの意向を汲んで動く顎となっている。
「アリア……それは!?」
「大丈夫よ、シン。二人は今、同化しているだけだから」
「どうかしているぜ……」
スカイの言葉に三人から冷たい目が向けられていた。そしてアリアが蛇を薙ぎ払っていると、シンはその背後を護るように飛ぶ。それを眺めていると
「なんだか素敵ですね」
「ご主人様、楽しそうです」
「素敵な関係で御座るな」
スカイだけは若干彼女がいる、というシンに嫉妬していた。そしてその鬱憤を晴らすように両手の鍵剣を振るい、蛇を斬り裂いていた。そしてそれに追随するように三人も剣や刀、箒を構えて蛇へと向かっていった。
アリアは縦横無尽に蛇を喰らい、蛇を斬り裂く。そしてその背中をシンが護り、蛇は次々と消えていく。しかし、きりがない。いつ終わりが来るのだろう、とシンが思っていると
『我を倒さねば蛇は終わらぬぞ』
「――アリア」
「ええ」
アリアとシンは蛇を斬るのを中断し、《アスクレピオス》に向かっていった。その途中を阻もうとする蛇は全て、斬り裂かれている。アリアの剣が、腕が、翼が蛇を乱雑に倒し、シンの剣が討ち漏らしを確実に斬り倒す。
《アスクレピオス》は手出しをしない。アリアたちが目の前に来るまで、ずっと杖を握り、空中で佇んでいた。
『――解せないな』
「え?」
「なにが?」
『この我の前に立ち塞がる者が、貴様らだと我は知っていた。聞いていた。だが、貴様ら二人が並び立つとは聞いていない。そして、二人だけで並べば勝てるとでも思っていることが、実に解せない』
《アスクレピオス》は本当に不思議そうに首を傾げながら、杖を構えた。そして再び大きく笑って
『貴様らが我に届かないと知らしめてやろうぞ!』
「――無駄よ。あなたこそ私たちの愛に及ばないと知りなさい!」
「え?」
シンはこんな状況でも顔を赤くしていた。そしてそれをよそに、アリアと《アスクレピオス》は剣と杖を激突させていた。そして直後、アリアは高速で吹き飛ばされた。
くるくる、とアリアは回転子ながらその両翼を広げ、蛇たちを切り刻んだ。ただただ攻撃を受けただけではない、そんなアリアを《アスクレピオス》は呆気にとられたように眺めて――また、大きく笑った。
『なるほど、ただでは転ばぬか! 聞いていた以上に愉快な存在よ!』
「――」
『貴様も貴様で愉快な存在だ! まさか妻が吹き飛ばされようと顔も向けぬとはな! 心配してやる価値も無いということか?』
「まさか、信頼しているからこそだ」
『愉快だな、貴様!』
シンの両剣が《アスクレピオス》の杖と激突する。しかしシンはアリアのように弾き飛ばされたりしない。咄嗟に体を回転させ、《アスクレピオス》の頭上に回り込む。そのまま逆手に握り直した剣で突き下ろすが、それは差し込まれた杖が阻んだ。そして
『中々に愉快な動きだ。貴様らはつくづく、愉快な存在だ!』
「愉快愉快と五月蠅いわね!」
アリアの左腕の噛みつきが、《アスクレピオス》の手から杖を奪い取り、螺旋大陸の中央へと落とす。そのまますぐに見えなくなったが、《アスクレピオス》は一切動揺していなかった。
そしてアリアの剣と腕の連続攻撃が《アスクレピオス》を襲うが、《アスクレピオス》は軽々とそれを手で払い除けた。そして返しの拳を放ったが
「《ソードリバーサル》!」
シンはその攻撃を受け流し、アリアの護りに徹していた。すると、《アスクレピオス》は眉を顰め
『解せんな。今の技は本来ならば攻撃を受け流し、反撃を放つための技のはずだ。何故貴様は反撃を放たなかったのだ?』
「――聞きたいの?」
『無論だ。分からぬ者は聞いて教えを請え、と教わったのでな――我が、母たちから』
「ふーん、母って誰かな?」
シンは警戒を解かずに、剣を鞘に収める。そのまま居合いの構えを取って、
「僕は攻める必要が無いんだよ。君を斬るのはアリアがする。僕はアリアを護っているだけで良い――それだけで充分だ」
「もぅ、シンったら……」
『……なるほど』
顔を赤くして、嬉しそうに体を揺するアリア。そして《アスクレピオス》は深く頷いて、そっと両手を広げて拳を構えていた。
そのままアリアに向けて拳を放ったが、それは軽々とシンが防いだ。その結果に《アスクレピオス》は大きな笑みを浮かべ、シンではなくアリアに向けて攻撃を叩き込む。そしてそれは全て、シンが切り払う。
「シン、大丈夫ね?」
「もちろんだよ、アリア!」
『くくく、愉快だな貴様ら! くはははは!』
連打に対してアリアは剣を高速で振るう。攻撃を一切受けないアリアと、護り続けるシン。その二人が並んでいるからこそ、《アスクレピオス》は一切のダメージを与えられていないのだ。
「――噛み砕け! 《ヴォルフファング》!」
『無駄だ! 《
「っ、はっ!」
左腕の噛みつきに対して放たれた拳を、シンの剣が逸らしてアリアから遠ざける。無性にそれを楽しんでいる《アスクレピオス》に対して、アリアとシンは比較的ギリギリの戦いを繰り広げていた。
そしてスカイは二本の剣を構え、高速で蛇を斬りつけた。さらにそのまま速度を増して、背後から《アスクレピオス》に斬りつけたが、《アスクレピオス》は高速で動いてそれを回避した。
『ふむ、中々に速い』
「そりゃどうも!」
『しかし技量が伴っておらんな! 無駄だ!』
《アスクレピオス》の拳がスカイに迫る。シンは助けようとしなかったが、割り込んだフライパンがその拳を受け止めた。
『む?』
「初めまして、ご主人様の敵。ならば私の敵」
『これは奇っ怪な……しかし、強いな!』
「お褒めに預かり、光栄です!」
ヴィクトリアは完全にフライパンで攻撃を受け止めていた。それを素直に《アスクレピオス》が賞賛していると、背後から居合い斬りが放たれた。
『む!?』
「隙だらけで御座ったからな」
《アスクレピオス》の腕に傷が付けられた。その結果を冷静に眺めながらリョーマは距離を取って
「エレナ殿!」
「はい! 《星光七連斬》!」
『ぐ!?』
高速の七連撃が腕に叩き込まれる。そして《アスクレピオス》がアリアとシンから意識を逸らした瞬間、
「《光よ》!」
「《闇よ》!」
光がある限り、闇はある。アリアはそう思いながら高速で剣を振り抜いた。そしてその剣痕と交差するように振るったシンの剣が、腕を切り飛ばした。
『くっ、貴様ァァァ!』
「っ、シン!?」
「大丈夫だから!」
シンが《アスクレピオス》の片手に掴まれた。そのまま握り潰そうとするが――シンはニヤリと笑って
「《セブンソード・メテオ》!」
叫んだ。
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