第353話

「結局星獣は全部、倒されたみたいだね」

「ごめんね……戦いたかったでしょう? 私の我が儘に付き合わせてごめんね」

「良いよ、アリアと一緒ならね」


 アリアはシンを抱きしめながら、顔を赤くする。好きで、好きで、好き過ぎる。どうしてこんなに、私はシンのことが、柘雄のことが好きなのかしら。


「アリア」

「何かしら?」

「そろそろログアウトしない? このまま残っていても、何も起きないだろうし――っ!?」

「っ!? 地震!?」


 地面が揺れている。いや、それはあり得ないはずなのだ。螺旋大陸は浮んでいるのだ。だからこそ、揺れるようなことが――あっても、おかしくはないんだよね。

 アリアは冷静に思考しながら、窓の外を眺める。するとそこには、ドラゴンのような何かが浮いていた。いや、どちらかと言えば蛇に近いだろう。


「アリア」

「ええ……敵、ね。どうしようかしら?」

「倒せば良いんじゃないかしら? でも、どうしてこんなところにこんなモンスターがいるのかしら?」


 窓から飛び出しながら、二人で空を飛ぶ。蛇は追いかけてきているが、アリアとシンの速度には追いつけない。

 しかし、二人は二人で戸惑っていた。どこを見ても、蛇がいる。それはアリアとシンにとって、かなりの異常事態だと思えていた。だからこそ、剣を抜いて


「倒そうか」

「ええ、倒しましょうか」


 同時に真逆の方向に向かって飛ぶ。そのままアリアは剣を両手で振りかぶり、振り抜いた。その手に握られているのはまだ名前の与えられていない剣。一本の巨大な剣。最初は《鉄塊》と名付けようとしたけど、鉄要素は無いのだ。

 蛇の頭が空を舞う中、アリアはぎらぎらとした笑みを浮かべていた。それは純粋に狩る者の笑み。強者が弱者を踏みにじる笑み。


 それを眺めて、シンはため息を吐く。しかしその表情は暗い物ではない。決して、哀しみや、悲しみや、そういった物から来る物ではない。結局アリアは、どこまで行ってもアリアなのだ。改めてそれを理解して、嬉しくなっていただけなのだ。


「アリア――っ!」

「え!? どうしたのかしら!?」

「愛しているよ!」

「……急に何を言い出すのよ!? 恥ずかしいわよ!」

「アリアは!?」

「何かキャラを見失っていないかしら!?」


 アリアは戸惑いながら叫び、真っ赤になった顔を誤魔化すかのように剣を振るいまくった。そして、大きく剣を振り抜いて


「愛しているわよ、シン!」


 お互いの愛を確認し合った10分後、二人は周囲を慎重に眺めながら歩いていた。何故か分からないが、まだ終わっていないと思っていたからだ。

 しかし何故、蛇が出現したのだろうか。それを説明することはアリアにもシンにも不可能だった。


「最後の4体の星獣が一気に出現したのよね? でも、どうとも言えないわね」

「ん……そうだね。でも、正座って全部でいくつあるのかな? その、獣帯だけじゃなくて」

「さぁ? 無限にあるし、存在しないんじゃないかしら?」

「え?」

「星の数なんて無限にあるだろうし、星座なんて人間が勝手に見た物を無理矢理当てはめた物だから」


 何ともリアリストな婚約者の言葉にシンは苦笑していると、アリアはとある方向に目を向けた。そこには巨大な穴、つまりは螺旋大陸の中央があった。そしてそこには何かが浮いていた。

 人型のそれはアリアとシンを睥睨し、何かを呟いた。するとそれを取り囲むようにまた、新たな蛇が現われてアリアたちに向かって来ていた。


「――アリア、アレが敵みたいだね」

「ええ、そうみたいね……でも、おかしいわ」

「え?」

「みんなが、《魔王の傘下》が動いていない。きっとみんなも、どこかで動いているのよ……多分」

「それって、つまりアレがもっといるって事かな?」

「……多分アレも、雑魚のような物よ。きっとあれらを統括する何かが、この螺旋大陸のどこかにいるわ。それを見つけて、倒せば良いのよ」


 アリアの言葉にシンは頷いて、地面を蹴る。そのまま背中から双翼を広げて、低空を高速で飛ぶ。

 それに対してアリアは空中を高速で飛ぶ。正面から迫る蛇の雨を斬り裂き続け、前に進んでいると蛇の雨が突如、止んだ。そしてそこには人型のそれが、手に持つ杖のような物を振りかぶっていた。


「アリア!」

「シン!」


 同時の斬撃が振るわれた杖を受け止め、その脇を通り抜ける。杖を振ったそれを斬りつけながら二人はぐんぐんと進んでいき、急上昇する。そしてある一点で上昇を止め、下を眺めた。

 そこにはたくさんの人型のアレがいて、蛇たちもたくさんいた。


「今さらながら蛇は大丈夫なんだね」

「ええ、そうよ。嫌いなのも、苦手なのも、蜘蛛だけ」

「そうなんだ」


 剣が蛇を切り裂き、アリアとシンは統率している蛇遣いを探す。一体どこにいるのか、と思いながら切り刻んでいると、人型のそれらが一気に光となって消え始めた。

 アリアとシンがそれに動揺していると、翼を広げて飛ぶプレイヤーたちの姿が見えた。それは


「スカイ、エレナ、ヴィクトリア、それにリョーマ? 久し振りね」

「久し振りだな、アリア」

「久し振り、アリア」

「お久しぶりです、ご主人様」

「久しく御座るな、アリア殿」

「……僕は?」


 シンは無視されたことに地味にダメージを受ける。しかし4人はシンと大した接点がないので仕方がないとも言えるのだ。


「ところで四人はどうしてここに?」

「《蛇遣い》を倒している最中、目立つ髪の色が目に入ったので御座るよ」

「《蛇遣い》……? 蛇遣い座?」


 13星座、アリアは記憶の片隅からそれを引っ張り出して


「あれが《蛇遣い》なら、《アスクレピオス》がどこかにいる?」

「「「「え?」」」」

「アリア、どういうこと?」

「……ん」


 蛇遣い座のアスクレピオスは蛇の毒を薬として使った。そこから考えると――


「分からないわ」

「あの、アリア?」

「どこかに《アスクレピオス》がいるから、それを倒せばなんとかなるわよ」


 そして10分後


「《魔王の傘下》が動いていないとは思ったけど、星獣と戦ったプレイヤーは参加出来ないのね」

「俺はどいつに挑もうかって迷っているうちに、倒されたんだけどよ」

「私もそんな感じ」

「ご主人様たちの意向が分からず仕舞いでした故」

「拙者たちも意見が分かれ、時間を失ったで御座るよ」

「それでアリア、どうするの? 僕たちでその、《アスクレピオス》を倒しに行くの? だとしたら些か、時間がかかりそうだけど」


 シンはそう言いながら周囲を睥睨する。そのまま翼で大気を叩いて急加速し、迫り来る蛇を斬り散らす。そして


「進むなら早いうちが良い、って僕は思うけどね」

「そうね、だったら行きましょうか」


 アリアはそう言いながらメニュー画面を開き、流れるような動作で操作した。そして、


「一緒に行かない?」

「ああ」

「ええ」

「はい、ご主人様」

「承知いたした」


 パーティメンバーが増えた。アリアのその様子を眺め、シンは嬉しくなる。かつての最強で有ったアリアは今、どんな気持ちなのだろうか。

 アリアは変わり続けている。だから僕も、変わろう。アリアと共にいられるように、変わり続けよう。


「アリア殿! 何か迫って――


 リョーマの声が掻き消されるほどの強烈な突風を起こし、それは現われた。人型で、人サイズのそれは、杖を握り、大きく両手を広げて


『我が名は《アスクレピオス》! 医者だ!』

「「「「医者?」」」」

「……」

「医者って……」


 全員が呆れている中、《アスクレピオス》は大きく笑って


『さぁ行け、蛇共よ!』


 瞬間、虚空から現われた蛇たちが四方八方からアリアたちへと襲いかかった。

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