第二十一話 征夷大将軍

 征夷大将軍は、朝廷の令外の官の一つである。令外の官とは律令制にない新設の官職、臨時の官職を言う。さて征夷大将軍とは本来夷狄、すなわち俘囚を東海道側から追討する将軍の意味であったが、この頃になると、『武家の頭領』と言う意味合いが強くなっていた。

『武家の頭領』と言えば、当代、一萬太郎源義亘であるが、新帝は帆太郎可愛さに、その位を彼に与えてしまった。当然面白くないのは源氏の一門である。義亘は病気を理由に領国である伊予に帰ってしまった。頼親も周防に、来光は摂津に、親政と孝行は大和にそれぞれ帰国した。重朝だけが何故か都に残った。これは義亘が、完全に新帝と手切れをするのは得策でないとした一種の計略である。その重朝は今まで疎遠だった帆太郎の元に足繁く通い、同い年でもあった事から急速に仲が接近した。

「一萬太郎様が帰国したのは、やはり私が征夷大将軍になったからだろうな」

 帆太郎が聞く。

「いいえ、違います。祖父は本当に病気なのです」

「そうなのか。何処がお悪い」

 帆太郎が尋ねた。

「長きの戦で体中古傷が痛むとか。それに胃の腑も悪いとかで」

 重朝が言った。

「でも、いい気持ちはしてないだろうな」

 帆太郎が問うと、

「まあ、そうでしょうね。でもそれを表に出して言うほど、祖父は狭量ではありません」

 重朝はそう答えた。

「それより、征夷大将軍になった以上、東の都との戦い、これを進めなくてはいけません」

「望むところだ。坂東の武蔵守を倒す事が私の本望。形は少し変わってしまったがな」

「その為には兵の増強と、鍛錬が必要です」

「そうだな」

 帆太郎は軍事に専念する事にし、各地から兵士希望者を集めた。遠くは鎮西から近くは五畿まで。そうして集めた兵士を大斧大吉、小吉、梅田大輔、木偶坊乞慶の四人に鍛えさせた。また、源重朝を副将に任命、源氏との繋を保った。


 そのころ、鎌倉京では、

「なに、征夷大将軍だと」

 太政大臣、藤原不足が怒鳴り声を上げた。

(我らを夷狄というのか。馬鹿にされたものだ。本当の帝はここにおわしますというのに、それを俘囚扱い。いっそ本物の俘囚と結び、西の都を攻めるか。うぬ、それも一策としてあるな)

 不足は考えた。

「誰か、陸奥守を呼べ」

 その後不足はまた考えた。

(相手が征夷大将軍なら、こちらは征西大将軍だ。征西は本来鎮西を討つことだが、そんなことはどうでもいい。とにかく、相手に遅れを取ってはいけないのだ。もたもたしていると、一生鎌倉から出られなくなる。いくら武蔵守が心を込めて作った都でも所詮は仮のもの。本物は西の都にある。今、西では不平等の奴が幅を効かせているらしい。口惜しいことだ。なんとしても奴を捕らえ、その舌を抜き取ってやらねば気が治まらぬ。さてそれより、誰を征西大将軍にするか。藤原只今では芸がない。奴も耄碌した。石神三河守では小者過ぎる。本当は木曽英五がいいのじゃが、怒らせてしまった。もう招聘には応じぬであろう。うぬ、ここは思い切って平武蔵守水盛ではどうか。奴は身体が不自由だが知力がある。剛の者を付ければ武力でも劣らぬ)

 不足の長考が終わったとき、平陸奥守高見が現れた。

「大師、お呼びで」

「おう、陸奥守。我が使いとして俘囚安倍家に行ってくれ」

「それはどういう事で?」

「鎮守府将軍の官位をやるから兵一万を持って鎌倉に参上せよとな」

「い、一万!」

「そうだ、それくらいは持っているだろう。俘囚の主」

「はあ」

「この際、どんな手を使ってでも西の都を倒す」

「ははあ」

 陸奥守は平伏する。

「こんどは武蔵守を呼べ」

 不足は忙しない。

 しばらくして、

「大師、武蔵守でございます」

 水盛が現れた。

「よし、率直に言う。其方を征西大将軍に任ずる。俘囚の一万を率い、西の都を落とせ」

「えっ、俘囚の兵」

 驚く、武蔵守。

「そうだ。安倍義良(あべ・よしよし)は官位で釣った」

 不足は笑った・

「しかし、あいにく私はこの身体。戦には不向きと」

 将軍職を辞退しようとする、武蔵守。

「一万の兵と其方の知力。合わされば必ず勝てる。勝つ。勝つのじゃ」

 不足は興奮して言った。

「ははあ」

 水盛は任を受けた。


 そのころ、西朝では問題が起きていた。周防に退いていた源頼親が反乱を起こしたのだ。すでに長門、石見、備後を抑え山陽道を都目指して進んでいると言う。その数三千。

「征夷大将軍、平明明。その力を見せてみよ」

 政庁で左大臣、藤原不平等の命を受ける帆太郎。

「はっ」

 と五千に膨れた、自兵を繰り出して出陣した。そこへ、一萬太郎源義亘から書状が来た。

『我が息子の不始末。我が責任を取る。お主は見ておるが良い』

 頼親は備中まで進んでいた。それに伊予の兵二千が襲いかかる。それを見た頼親は、

「親父殿、なぜに同調せぬ。征夷大将軍が欲しくないのか」

 と激怒し駒を進める。

「ワー」

 伊予軍は頼親目掛けて矢を放つ。

「小癪な」

 剣で矢を斬る頼親。

『ブスッ』

 肩に矢が刺さる。

「なんのこれしき」

 矢を受けても頼親は前進を止めない。

「射殺せ」

 義亘は冷たく言い放った。

 約五百の矢が頼親だけ目指して飛んで来る。

『ズバッ』

『ブスッ』

『バーン』

 大雨に当たるように頼親の全身に矢が刺さる。

「ひ、卑怯な」

 頼親が喚く。

「お主ごときの為に大事な兵を死なすか」

 義亘は情のない表情で言い放った。

「む、無念。親父殿」

 頼親は倒れた。その血が川のように流れる。

 そこに帆太郎軍が到着する。後詰めである。

「不肖の息子は死に申した」

 義亘は淡々と言った。

「はい」

 答える帆太郎。

「これからは重朝が我が軍の総大将。わしは隠居する」

「爺様」

 重朝が義亘を引き止めようと近づく。だが義亘はそれを制して、

「重朝、お前がこれからは河内源氏の総大将だ。この兵二千。どう使おうがお主の勝手だ。だが、無駄死にはさせるなよ」

 と言った。

「はい、私は帆太郎殿の副将として働きます」

 と言い切る、重朝。

「そうか、好きにするがよい。しかしこれだけは忘れるな。お前はあくまで源氏だからな。その矜持だけは胸に刻み込めよ」

 そう言うと一萬太郎義亘は死んだ頼親の遺体を抱き抱えた。その目に涙があったかどうかは誰も知らない。

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