第二十話 僧侶彷徨

「ここにも遺体。ここにも遺体」

 その僧侶は戦死した兵士や山法師を一人一人埋葬していた。戦から五日は経っている。遺体からは腐敗臭がし、野犬に目玉をくり抜かれたり、腕を持ってかれているものも多かったが構わず埋葬する。埋葬が終わるのに二十日も掛かった。しかし僧侶は水を飲む時と、簡単な乾し飯を齧る時を除いて働き続けた。誰に頼まれた訳でもない。己がしたいからやっているのだ。そんな時だった。背後から怒鳴り声がした。

「お前なんだ。山法師の仲間か」

 一人の武者が馬で迫って来た。

「俺は源左兵衛佐頼親だ。お前は?」

 尋ねる頼親。しかし僧侶はそれを無視して作業を続ける。

「なんだ、無視する気か。これならどうだ」

 頼親は剣を抜いた。

「どうだ、怖いだろ」

 しかし無視する僧侶。

「なめんなよ。こうだ。それっ」

 頼親は剣を縦に振った。

「喝っ」

 僧侶は背中に背負っていた錫杖を手に持つと剣を受け止め、

「えいっ」

 と錫杖で剣をはね飛ばし、頼親の顔面に錫杖を打ち付けた。

「邪魔をするな」

 そう言って、僧侶は作業を再開した。

「お、覚えておれ」

 顔を抑えて頼親は馬で逃げた。

「ふん、たわいもない」

 頼親の背中に言葉をぶつける。

 半刻後、頼親が兵を連れて戻って来ると、僧侶は既に姿を消していた。

 僧侶は都の郊外を歩いている。

「比叡山、高野山。権威を嵩に着るばかりで中身は無いな。もちろんしっかりとした方も居られようが……」

 遠くの山を見ながら呟く。

「愚の最たる者が、僧兵だ。あんな者を何故置く。あれは剃髪しただけのただの武士だ。武士なら武士らしく髪を蓄えよ」

 僧侶の愚痴が続く。

「僧兵は論外だが書物ばかり読んでいる、学生僧もいけない。仏教は学問ではない。生き方だ。そして民人を救う為のものだ」

 何時しか、小高い山の麓に辿り着く。

「久々にやるか」

 僧侶はそう言うと山の頂上に向かって走り出した。

「山はいい。空気が透き通り、風を感じる」

 僧侶は驚異的な早さで山を登り詰めた。

「うん、この気持ち。『孤之辺耶苦歳妖』の荒行を思い出す」

 しばらく僧侶は山からの景色を楽しんだ。

「さて、鎮西、山陽、山陰、北陸、都と回って来たが後は東海そして坂東」

 僧侶は「ふう」と息を吐いた。

「行かねばならぬか、坂東へ。あすこには朝廷が出来たと言う。やがてこの都の朝廷と雌雄を決する時が来よう。また多くの命が潰える。南無阿弥陀仏」

 僧侶は読経を始めた。そして何かを決意したように、

「そうだ行かねばならぬ、坂東へ。拙僧自身の心の鬼を退治するために」

 僧侶は山を下りた。またしばらく都の郊外を歩く。

 すると、

「いたな、くそ坊主。さっきの借りを返して貰うぜ」

 乱暴者の源頼親が兵士を連れて現れた。

「愚か者め」

 僧侶は錫杖を手に取り、身構える。

「どりゃあ」

 乱暴者の手下はやっぱり乱暴者だ。

「形がなってない」

 最初の手下の背中を錫杖で殴る。

「腰が入っていない」

 二人目の鳩尾に錫杖を入れる。

「はあ、剣を持つ資格が無い」

 いちいち言って錫杖を振る。二十人ばかり居た兵士が皆倒される。

「ぼ、坊主強いな。気が変わった。俺の手下になれ。悪くは扱わぬ。重用してやる」

 頼親が言う。

「愚かな。暴力と懐柔で拙僧を支配出来ると思うな」

 そう言うと、僧侶は錫杖を頼親に投げ付けた。

「うわあ」

 錫杖をもろに食らい、頼親は落馬した。

「愚かだ。実に愚かだ」

 そう言うと僧侶は歩き出した。

「しかし、どうしてだろう。武士だった時より攻撃に力が入っている」

 僧侶は思った。

「これも修行の賜物か」

 一瞬、いやな感情が浮き上がって来る。

「いや、いかん。暴力は人の心を荒ませる。念仏こそ心を落ち着かせるもの。今のような振る舞いは地獄へ堕ちる元。控えねば、精進せねば」

 そう言いながら僧侶は消えていった。

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