第十九話 東西朝時代の幕開け
武蔵守平水盛の元に書状が届いたのは春真っ盛りの梅の季節のことであった。書状は、
『帝にあらせましては、西国の反乱により都に留まる事良しとせず東遷し新たな都を作る事になり候。よって坂東に都を遷し賜るで候。故に急ではあるが坂東に仮の都を造営せよ。これは一時の事であるから簡素なものでよく候。よろしく取り計らう事。よって件の如し』
という、太政大臣、藤原不足からのものであった。さすがの水盛もこれには驚いた。帝が坂東に来る。辺鄙なところと馬鹿にする公家達がこの坂東に来る。ここは力の見せ所だ。仮の都とはいえ、上等なものを作らねばならない。さっそく地図を開く。
「よし、ここが良い」
武蔵守は相模守大盛に連絡を取った。
二月後、帝がやって来た。連絡は密に取ったので武蔵ではなく新京に来た。
「ここが新しい都か」
藤原不足が言った。水盛は輿から降りようとしたが、不足は「そのままで好い」と言って水盛を止め置いた。
「三方を険峻な山に囲まれ一方は海。攻めにくく、守りやすい場所でございます」
輿に乗った水盛が答えた。
「何と言ったかなここの地名は」
不足が尋ねると、
「鎌倉でございます」
水盛が答えた。
「帝がいらっしゃる、控えよ」
不足が水盛に命ずる。
「はっ」
水盛は不自由な身体を動かし輿を降り、杖で地面に立った。
「身体は治らぬのか」
不足が聞くと、
「一生このままでございます」
水盛は答えた。
(不憫な)不足は思った。身体が健康ならば中央で活躍することも可能であっただろう。この構想力と実行力。不自由な身体でこれだけの造営をたった二ヶ月でし遂げるとは。
やがて後黒河帝が皇太子、伊勢宮と現れる。平伏する水盛。隣で相模守大盛がそっと支える。
「武蔵守、話しは聞いている。楽にせよ」
後黒河帝は直答を許した。
「はっ」
「朕は兄宮に都を攻められ東国に逃げて来た。万事を統べるものとして情けないと思っておった。ところがこの地にすばらしき都が出来ているではないか。朕は嬉しいぞ。武蔵守、これからも朕のため尽くしてくれるな」
「はっ。いずれ必ず西の都にお戻し申し上げます」
水盛は答えた。
「頼もしい。いずれそなたを引き立ててやろう。な、大師」
「心得ました」
不足が言う。
こうして鎌倉に新しい朝廷が出来た。『鎌倉京』である。
一方西の都には大宰府から、讃岐宮が凱旋してきた。太宰帥として左遷されてから三年の月日が流れていた。
「父上」
子息の播磨宮と源氏軍、帆太郎軍に迎えられての物々しい迎え入れである。
十日後の吉日、大内裏で即位の礼、及び大嘗祭が行なわれ讃岐宮は帝になった。後に言う『道徳帝(どうとくてい)』である。このとき、玉璽と草薙剣の二つしかなかったため正式の帝として認められないのではないかという意見もあったが、左大臣に復した、藤原不平等が、
「三種の神器がなくても即位した前例がございますわ」
と知識をひけらかしたので無事即位出来た。即位の礼は誰でも見学出来たので多くの庶民がお祝いをした。この道徳帝から始まる帝の系譜は鎌倉京の帝と区別するため『西朝』と呼ぶ。鎌倉の帝は『東朝』である。この二帝鼎立の時代を『東西朝時代』と言う。結局この時代は、平明光が斡旋し合流するまで二十四年続く。
それはさておき。
新帝は即位すると朝廷の再建に着手した。なにせ、公家の殆どが東に去ってしまい、官職に就く人材が払底してしまっている。上級職では藤原不平等が左大臣。新帝の乳母親の十条実兼(じゅうじょう・さねかね)を右大臣とした。太政大臣は設けなかった。本来なら不平等が就くべきだろうが、新帝は不平等を信頼していなかった。軽薄過ぎるのである。その代わり武家に対しては厚く遇し、源義亘を従三位の近衛大将にしたのを始め、源来光が正五位上左衛門督、源親政が正五位上右衛門督、源頼親が従五位下左兵衛佐、源孝行が従五位下右兵衛佐、源重朝が従六位上右近衛将監に昇進した。無輪は都に留まるのを良しとせず、薩摩の『隠れ里の森』に帰り、帆太郎は叙任を断った。
「私の目的は帝を位にお付けするところまで。今後は、仇敵、武蔵守兄弟を倒す為に精進します。これは私闘ゆえ帝のご意向は不要なのです」
そう言うと帆太郎は御所を出て、家臣らの待つ屋敷に戻った。
そこへ政庁の下士が走って来て、
「御所にお戻りください。帝が悲嘆に暮れていらっしゃいます」
「なに?」
帆太郎は御所に戻った。新帝は泣いていた。十条実兼が必死に宥める。
「帝!」
帆太郎は叫んだ。
「帆太郎、なぜ朕を見捨てる。あの時約束したではないか『ずっと側にいてくれる』と」
「帝、何をお嘆きなさる。帝は悲願を達成されました。今度は私にもそれをさせて下さい」
「ならば朕の兵馬を使えば良い。義亘達を使うが良い」
「たしかに以前、『坂東平氏追討の詔』を出して欲しいと申しました。しかし、よく考えてみましたが、それでは駄目なのです。私の悲願はあくまで私怨。帝の権威に泥を塗るような事は出来ません」
「じゃあせめて、本朝が軌道に乗るまではいてくれぬか。源氏の者を始め本朝は出来立てで纏まりが悪い。お主が一本の柱になってくれ」
「私にはそのような力はありません」
「では、朕を守ってくれるのは誰じゃ。不平等か。あれは軽薄で頼りにならん。源氏や公家達の内部抗争を、御酒でも吞んで、笑いながら見ているだろう」
「そう言われれば、そうとも……」
「であろう。だからこそ、お主が必要なのじゃ」
「困りました」
「頼む、側に居てくれ」
「しかたありません。本朝の体勢が整うまでは都に留まりましょう」
「そうか、ではお主に官位を与える」
「いりませんってば」
「いいから受け取れ。正二位征夷大将軍じゃ」
「えっ」
「武士の頭領として、兵を揃え、鍛えて好きなように使え。義亘も来光も其方の家来じゃ」
「それはいけません。長幼の序が崩れます」
「いいから。いいから。実兼、証書を」
新帝はどんどん事を進めてしまった。
「其方の敵、武蔵守は旧帝の信を得ているという。これは本朝と旧朝との戦いでもあると同時に其方と武蔵守の戦いでもある」
新帝は突然、威厳を示すと、
「平帆太郎明明、正二位征夷大将軍に任ずる」
と声高く宣言した。
「はっ」
思わず帆太郎は平伏した。
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