第十八話 都の戦い

 太政大臣、藤原不足は防衛軍の総大将になんと、藤原参議只今を任命した。驚きの人事であり、朝議で大納言達は零条逸在を除いて反対の意を示した。

「わしの考えが分かるのは逸在だけか。情けない。只今は前の敗戦で敵の戦い方を知っておる。これは大きい。それに今度こそ汚名返上にと心が燃え滾っているであろう。だから只今なのだ」

 不足は説明した。

「なるほど」

 と感心する大納言達を見て、不足は、

(こやつらを兵卒にして前線に送って遣ろうか。しかしすぐ逃げ出して負けるな)

 と心で思っていた。

「ところで今回の戦い方はいかがするのですか」

 と一条兼任が尋ねた。

「うぬ、まずは比叡山の山法師どもに先陣を切ってもらう。奴らは命知らずの荒法師じゃ。散々敵をかき乱してくれよう。その後に只今率いる、木曽英五、石神三河守、平陸奥守、平出羽守が脈絡を失った、敵陣に斬り込むのじゃ」

 不足は自信たっぷりに言う。

「しかし、万が一と言う事がある。皆の者には帝、伊勢宮様、そして三種の神器の安全に気を配って欲しい。例え、貴殿らの命を失ってもじゃ」

 不足は大納言達に厳命した。


 帆太郎軍、源氏軍は桂川を渡り太秦の辺りで滞陣していた。どのように攻め入るかの具体策が決まっていなかったからである。

「我々は田舎者ゆえ、都の詳細が分かりません。それに引き換え源氏の皆様は都にお詳しい。ここはどうやって戦ったが良いかご教授願いたい」

 帆太郎は源義亘に尋ねた。

「そうだの。都の入り口は正面の羅生門これ一つしかない。当然敵もそこを固めているだろう。後は城壁を上るしかないのだが、当然戦死者の数も増える。だからどうせ城壁を上るなら大内裏の裏から一気に上って、天子様や三種の神器を確保するのが手っ取り早いと思う。当然囮として羅生門を正面から攻める人員も必要だな」

「三種の神器とはなんでしょう?」

「三種の神器とはな、帝の証だ。この戦にいくら勝っても神器がなければ、讃岐宮様は正当な帝として認められない。だから敵も神器を必死に守るであろう」

「三種とは?」

「八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣のことだ。ただし、鏡以外は形代だ。本物は伊勢神宮と熱田神宮にあるという。何れにしても、わし如き者では見た事もない」

「讃岐宮様を帝位に着けるのは簡単ではないのですね」

「そうだな。わしらは武士、政や祭事は全く分からぬ。だから、今の朝廷の方々にも信頼を得なければならない。もっとも、我が息子、頼親のように剣で脅迫すればそれでもいいかも知れんが」

 わはは、と義亘が笑った。そのとき、偵察に出ていた蟹丸が慌てて駆けて来た。

「比叡山の僧兵三千が山を出てこちらに進撃してきております」

「僧兵?」

「ウチの乞慶みたいな奴らですよ」

 蟹丸が言った。

「ではここは、我らの軍が戦いましょう」

 帆太郎が言った。

「山法師は荒くれが多い。気を付けなされよ」

 義亘が忠告する。すると、

「俺も行く」

 頼親が言った。

「比叡山の悪法師など容赦しねえ」

「仕方ない、行け。帆太郎殿に迷惑を掛けるなよ」

 義亘が念を押した。

 比叡山の山法師が進撃して来た。帆太郎方の先鋒は鎮西の重鎮、大下薩摩守と豊田肥前守、それに源頼親である。

「こんなくそ坊主、皆殺しだ」

 頼親が無謀にも三千の僧兵に突っ込んでいく。

「仏罰者ども、比叡山の力、見せてやる」

 山法師の頭領但馬坊陸尊(たじまぼう・りくそん)が全軍に発破をかけた。

「しゃらくせい」

 頼親はまっすぐ、陸尊に突っ込んで一撃であっけなく、その首を討った。

「畜生、頭領がやられた。あの武者を討ち取れ」

 百人の山法師が頼親に襲いかかる。

「こりゃあ、殺しがいがあるぜ」

 血に飢えた頼親がバッサバッサと薙刀を器用に避けながら山法師の首級を取る。頼親は粗暴に生まれた代わりに強固な精神力と勘の良さを持っている。

「頼親殿に負けるな、敵を討ち取れ」

 大下薩摩守と豊田肥前守が部下に命じる。しかし二名の配下にとって山法師の力は強力だった。

「やれやれ!」

 とかけ声を掛けるが兵達は薙刀の餌食になっている。

「大下殿と豊田殿が危ない」

 帆太郎は総攻撃に出る。

「山法師は拙僧にお任せを」

 木偶坊乞慶が前に出る。彼の薙刀は腕力が常人を越えているので一度に二、三人の敵をなぎ倒す。その時、

「お主は天下の悪僧、木偶坊だな」

 山法師の副将、上総坊(かずさぼう)が叫ぶ。

「お主らこそ天台座主のお名を汚す悪僧連よ。拙僧が冥土に送ってやる」

 大弁慶は薙刀を上総坊に投げ付け、その胸板を貫いた。

 大将、副将を失い、山法師達の指揮系統は狂って来た。それに気付いた帆太郎は、

「我が兵は私に続いて山法師を切り捨てよ。鎮西の軍は南に回り込み羅生門を打ち壊せ」

 帆太郎軍は二手に別れた。

 そのころ源氏軍は大内裏の裏手から侵入を計っていた。それを滝口の武士が発見。壮絶な攻防戦へと発展した。

「三種の神器を得たものこそ、武功一番じゃ」

 一萬太郎源義亘が叫ぶ。そこへ、変に気付いた木曽英五仲義が飛んで来る。

「敵の侵入を止めろ」

「おう」と仲義四天王、独井兼光(どくい・かねみつ)、西口兼平(にしぐち・かねひら)、露井行親(つゆい・ゆきちか)、仏親忠(ほとけ・ちかただ)が敵の侵入を引き止める。

「ならば、こちらも」

 と来光四天王、渡辺鮪、坂田銅時、厚井貞光、占部憲武が塀を乗り越え仲義四天王に飛びかかった。

「四天王の動けぬうちに大内裏に入れ」

 義亘が命令し、頼親の子、源重朝、親政の子、源孝行が大内裏の達智門を押し開け乱入する。


「もはやこれまでだ。帝を遷し参らせる。只今と三河守に陸奥守と出羽守を呼べ」

 藤原不足は命令した。

「大師、お呼びで」

 藤原只今、石神村則と平高見、高音兄弟が来る。

「わしは坂東に帝と伊勢宮を遷り参らせる。そちらは先導せよ」

「坂東!」

「そうだ」

「はっ」

「帝方の牛車を用意せよ。大納言以下は徒歩じゃ」

 不足は命令すると、禁裏御所に向かった。

「帝、誠に遺憾ながら、讃岐宮軍の勢い我らに勝ります。ここは一時、東へ遷り、反撃の機会を待ちたいと存じます」

 奏上する不足。

「良きに計らえ。朕は大師を信じておる」

「ありがたきお言葉」

「帝の地位は兄に譲るのか」

「いえ、三種の神器の神器は死守し帝位は簒奪させません」

「そうか」

「急ぎお支度を」

「中宮達も一緒か」

「ご一緒にございます」

「うぬ」

 帝の返事を聞くと、不足は禁裏御所を出た。


 そのころ羅生門では鎮西軍が山法師と最後の決戦をしていた。

「門を破り大内裏へ突入しろ」

 大下薩摩守の声が響く。

 鎮西軍が攻勢を強めているとき、羅生門が突然開いた。中には、藤原参議軍、石神三河守軍、平陸奥守軍、平出羽守軍と多くの牛車があった。

「帝の遷御である、皆の者頭が高い」

 先頭の太政大臣藤原不足が怒鳴り上げた。

「み、帝だと」

 田舎者の鎮西軍はどうして良いか、分からなくなった。

「一矢でも掛けようものなら末代まで祟るぞ」

 山法師達は既に平伏している。鎮西軍も訳が分からぬうちに平伏してしまった。これが源氏軍だったらこうはならなかったであろう。帝側は兵達が見えないところまで来ると、狂ったように走り出した。牛車の牛も目をむいて走る。こうして安全な地までたどり着く幸運に恵まれた。帝の一行は東に向かって遷御した。


 大内裏では、神器の捜索が行なわれていた。兵の乱入に舎人や女官達は逃げ回った。

「殺生、乱暴はするな。神器だけをひたすら探せ」

 一萬太郎源義亘が命じる。

「三種の神器はどこだ」

「玉璽があったぞ」

 源孝行が声を上げる。

「それも大事だが、そうではない三種の神器だ」

「この剣は……」

 来光四天王の渡辺鮪が震えた声で言う。これこそ、草薙の剣。

「でかした! あとはどうした」

 義亘が言う。

「ありませぬ。持ち去られたとしか考えられません」

 重朝が言う。

「将軍」

 兵が走って来る。

「どうした」

 尋ねる義亘。

「帝が都を遷御されました」

「逃げたか。藤原不足の思いつきだな」

 臍を噛む、義亘。

「他の神器は向こうが持ち去ったのだな。追うべきか。しかし今は都の混乱を止めるのが必定」

 遷御は慌てて行われたため、玉璽と草薙剣が置き忘れられていた。この事が今後の事態を複雑化させる事になった。

 源氏軍の大内裏突入を防いでいた木曽英五仲義の軍は一人取り残されたことに腹を立てた。そして、こと破れたとして都を脱出。木曽に帰ってしまった。

 山法師達は帝、遷御と知り、比叡山に戻っていった。今後、讃岐宮が帝位に就いたときに衝突する事を避ける為である。

 源義亘はみすみす帝を逃がした鎮西軍を責めなかった。帝というのは地方の者から見れば神という遠い存在だ。思わず平伏してしまっても仕方がない。逆に襲ったりしていたら、今後帝位に就くであろう讃岐宮に対する態度が不遜になってしまうかも知れない。そんな事を考えながら、都の混乱を治めるよう諸将に言い渡した。

 一方、山法師との戦いに苦戦していた帆太郎は、突然山法師が引き上げ出したので、動揺した。やがて、帝が遷御した事、鎮西軍が帝を見逃した事、源義亘が都を掌握した事などを知り、己の未熟さを痛感した。

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