第十七話 宮軍北上
『讃岐宮追討軍破れる』の報は朝廷に衝撃を与えた。
「そうか、只今が破れたか」
太政大臣、藤原不足は嘆息した。朝議の席である。
「大師(だいし・太政大臣の事)、いかがいたしましょう」
大納言、一条兼任(いちじょう・かねとう)が伺いを立てる。その声は打震えている。朝廷始まって以来の危機だ。
「いっそ、讃岐宮様と和解してはいかが」
同じく大納言、二条賢修(にじょう・かたおさ)が発案する。
「馬鹿め、和解してどうする。宮の目的は帝位の簒奪だ。今上帝にご退位をお願いしろというのか」
賢修は恐れおののいて、顔を下げた。
「播磨宮を立太子にすると約束してご納得頂くとか」
またまた大納言、三条実利(さんじょう・さねとし)が提案する。
「それも駄目だ。とにかく負けを認めたら駄目なのじゃ」
不足の怒りに、四条家方(しじょう・いえかた)、五条道永(ごじょう・みちなが)、六条頼材(ろくじょう・よりき)、七条武経(しちじょう・たけつね)、八条広季(はちじょう・ひろすえ)、九条憲義(くじょう・のりよし)の各大納言は首をすくめるだけだった。
そんな中、
「木曽英五仲義(きそ・えいご・なかよし)、石神三河守村則(いしがみ・みかわのかみ・むらのり)、平陸奥守高見、平出羽守高音の四人を招聘してはいかがでしょう」
と零条逸在(れいじょう・いつあり)が発言する。
「ふん、面白い策だの、いずれも遠方じゃが評判の良い者ばかり。わしも失念しておった。早速使者を送ろう。逸在、よう思いついた。役立たずの大納言連中の中で唯一の知恵者じゃ」
不足は逸在以外の大納言を睨みつけると、その場を立った。
そのころ、帆太郎、一萬太郎源義亘連合軍は若干の守備兵を下関に残し、大宰府に凱旋していた。
「帆太郎、義亘、来光、親政、他の者も良くやってくれた。余は嬉しいぞ」
出迎える讃岐宮の目には感涙が溢れている。
「これも宮様のご奇特の賜物でございます」
と一萬太郎源義亘が代表して応えた。
「今日は宴席など開かなくてはいけまへんな」
浮かれた藤原不平等がはしゃいで言う。
「失礼ながら、戦いの目的は鎮西の守りではなく、都に上って宮様に、
帝位に着いて頂くと言う事。ここで浮かれてはいけません。我らが帰還したのは今後の事を軍師、無輪様とご相談申し上げるため。ですから宴席はご辞退申し上げます」
義亘は遠回しに不平等を批判した。
「よしよし。わしもそなた達と同意見。ちょっとおちゃらけてみたのや」
慌ててごまかす、不平等。
「で、今後どのようにいたすのか」
讃岐宮が尋ねる。無輪が答えた。
「はいな、ここが正念場。全軍を持って戦わなくてはいかぬでのう。今回は鎮西の皆にも出陣してもらう。都への道は大きく二つに分かれる。山陽道と山陰道じゃ。これを帆太郎、鎮西連合と源氏軍の二組で進む。山陽道は海賊軍を持つ帆太郎、鎮西連合が行け。山陰道は自らが国司の国の多い源氏軍が行くと良かろう。競争ではないから、二組とも連絡を密に取り進まれよ。合流場所は摂津じゃ」
「おう」
全軍が気勢を上げた。
「余はいかがしたら良い?」
讃岐宮が尋ねた。
「宮は勝負の決するまで大宰府に留まるがよろしいと。万が一お味方敗戦の時は薩摩の隠れ里に戻らねば」
無輪は答えた。
「縁起でもねえ事言うな、くそ坊主」
源頼親が怒鳴り、食って掛かろうとして、息子重朝に止められる。
「元気で良いのう。では出陣は五日後とする。諸将、兵士は少し休まれよ」
軍議は散会した。
「蛇蝎」
藤原不足が呼んだ。京の屋敷の一室である。しかし、
「蛇蝎はまだ坂東です。おりません」
と返事があった。
「お主は?」
「蛇蝎の弟、蛆虫(うじむし)」
「へんな名じゃのう」
「本名ではございません」
「まあ、よい蛆虫。お前、讃岐宮軍の情勢探って参れるか」
「畏まりました」
「では行け」
「はっ」
大宰府を出発した帆太郎軍と源氏軍は二手に分かれ山陽道、山陰道を行く。帆太郎軍は山陽道。長門、周防、安芸、備後、美作、備前、播磨を攻略する。そのうち長門と周防は源義亘が国司なので素通りだ。その他、各国の国司は兵力百程度しかないので相手にならず、印綬と不動倉の鍵を渡して降伏、配下に加わった。これにより帆太郎軍は二千二百に膨らんだ。
一方、源氏軍は石見、出雲、隠岐、伯耆、因幡、但馬、丹波、丹後を攻略するのだが、遠い島である隠岐は無視し、但馬、丹波、丹後は源来光が国司であるので、実質石見、出雲、伯耆、因幡の四国攻略で済む。こちらも早々に印綬と不動倉の鍵を受け取り、摂津に到着した。大宰府出陣から二ヶ月が経っていた。
「大師」
寝所で眠っていた藤原不足に声が掛かる。
「蛆虫か」
「はい」
「いかがした」
「宮軍の兵、平明明の軍二千二百、源義亘の軍二千に膨らみ、摂津に到着。この都を伺っております」
「そうか、分かった」
「はい」
蛆虫は消えた。
「うむ。こちらも木曽英五仲義、石神三河守村則、平陸奥守高見、平出羽守高音に各千人が到着したから兵数は互角だ。しかしこの都は攻めやすく守りにくい地形。果たして勝てるかどうか」
不足は起き上がった。
「比叡山の山法師三千……天台座主に頭を下げるか」
もはや、これしか兵力を生み出す場所はなかった。
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