第十六話 長門の戦い
追討軍来るの一報を受けた大宰府には鎮西の国司、豪族が集結していた。何せ『年貢を引き下げる』と約束したのは、讃岐宮だ。宮が倒されれば、約束が反故にされるだけでなく、国司、豪族の地位も失う事になる。各国には都から新しい国司が来て、皆は追放されるであろう。死活問題である。ここは宮に勝利して貰わなくてはならない。その為にはどんな協力も惜しまない。大宰府には常駐軍の他に七百の兵が集まってくる。
吉報は畿内から遣って来た。河内源氏の一萬太郎源義亘が摂津源氏の源来光、大和源氏の源親政と兵千五百を引き連れ大宰府に恭順の意を示したのだ。さらに左大臣、藤原不平等が兵千を連れ、大宰府に降伏した。兵数は増加し、一騎当千の強者が大勢仲間に加わった。早速軍議が開かれる。
「さて、我が軍にとって最大の危機が迫っておる。どうやって戦うかを協議したい」
讃岐宮が言った。ちなみにこの軍議に参加したのは鎮西方が薩摩国司の大下義弘、大隅国司の川崎尊徳、同豪族、中西太郎、日向国司の仰木彬光、肥前国司の豊田時泰、肥後国司の高倉照之、豊前国司の関口清次、豊後国司の稲尾和豊、同豪族の玉造次郎、筑前、筑後の国司、和田博助。
源氏方が一萬太郎源義亘にその子頼親、孫の重朝。源来光に四天王、渡辺鮪、坂田銅時、厚井貞光、占部憲武の面々。源親政にその子孝行(たかゆき)。
そして平帆太郎明明とその家臣、大斧大吉、小吉親子、梅田大輔、木偶坊乞慶、蟹丸、茹で蛸の六人。
さらに海賊、難破時化丸が参加した。軍師の無輪となんだか良く分からない前の左大臣、藤原不平等も顔を出している。
「このように逸材を揃える事が出来、余は感謝の言葉もない」
讃岐宮は感涙した。それを見て、皆の気持ちも引き締まる。
「さて、何か良い手はあるか」
「はい」
大下義弘が挙手した。
「ここには兵糧もたっぷりあります。籠城して敵の疲弊を待つがよろしいかと思います」
「あいや、待たれよ」
源来光が言った。
「敵は、船で上陸すると思います。そこを急襲すれば良いかと」
「ふふ」
難破時化丸が笑った。
「何故笑う」
来光が怒る。
「船で来るなら俺が海上で攻め立てるぜ」
時化丸が言った。そこに、
「私にも策があります」
帆太郎が手を挙げる。
「若輩が何を言うか」
源頼親が馬鹿にする。それに構わず帆太郎は言う。
「守りを固めるのも、鎮西に敵を引き込むのも良いでしょう。しかし……」
「しかし何じゃ」
頼親が茶々を入れる。
「しかし、武士ならば前に攻め込むこそ本懐。いっそ長門で敵を待ち構えるのはいかがでしょう。幸い、長門は義亘様の国。誰にも邪魔されず、陣立てが出来ます」
帆太郎は言い切った。
「しかし、長門の後方は海。退却が出来ないぞ」
一萬太郎源義亘が言う。
「それこそ、背水の陣」
帆太郎が言う。
「孫子やな」
藤原不平等がニヤリとする。
「鎮西の衆には筑前で守りを固めて頂く。我らと源氏の勢は長門で敵を待ち受ける。まさか長門で我らが待っているとは思わない敵は混乱すると思われます。それに我らの後ろは海。皆、必死に戦うでしょう」
帆太郎は発言を終えた。
「一萬太郎よ、この帆太郎の考えをどう思う」
讃岐宮が尋ねる。
「危険な賭けですが、やってみる価値のある仕掛けだと思います」
「賛同するか」
宮が聞く。
「源氏の名に掛けて、戦います」
義亘が言った。
「ならば余は、帆太郎の案を取る。よろしいか」
「はい」
「承知」
武士達から賛同の声が出る。これは一萬太郎源義亘の意見の影響が大きい。
「では、無輪先生。陣立てをせよ」
「あいよ」
軍師、無輪が請け合って軍議は終わった。
「よお、重朝」
頼親が息子に話しかける。
「はい、父上」
「さっきの若造、お前と同じ十六歳だってよ。お前、あんな風に堂々と策を具申出来るか」
「……」
「出来ないのか。お前は不肖の息子だな」
わははと笑いながら頼親はどこかに行ってしまった。重朝は黙って唇を噛み締めた。
翌日、帆太郎率いる兵千と源氏率いる兵千五百は、難破時化丸の船で長門に上陸した。
「ほんとに海峡に待機してなくていいのか」
時化丸が帆太郎に聞く。
「はい、それより追討軍の海軍を要撃して下さい」
帆太郎は頼んだ。
「わかった。海軍の方は任せてくれ」
そう言って時化丸の海賊衆は出航した。
「皆の者、よく聞け。我らの背後は海峡に遮断された。逃げ道はない。前方の敵を倒さなければ、死あるのみ」
帆太郎は兵達に喝を入れた。一方、源氏方は大将たる一萬太郎源義亘が、
「敵は憎むべき、藤原不足の手先。奴らに源氏の強さを見せつけてやれ」
と気勢を上げた。
戦いは海から始まった。
長門沖を進む城越後守の船団。
「前方に船影あり、その数二十。旗は無し。海賊と思われます」
物見の兵が叫んだ。
「来たな。日本海の荒海で鍛えた胆力で海賊風情を殲滅するぞ」
旗艦に乗った城越後守が叫ぶ。
「矢を放て」
追討軍側の艦船三十隻から一斉に矢が放たれる。それを見ていた難破時化丸は、
「ふん、予想通りの弱弓。反撃するぞ。横一列になって、火矢を放て」
海賊衆は火矢を放った。追討軍の先頭の船四隻が火に包まれる。
「卑怯な、こちらも火矢を」
越後守が言うと、
「用意がありません」
部下が叫んだ。
「不覚」
越後守が臍を噛んだ。
一方海賊衆。
「錐に陣形を変えろ。各個撃破を行う」
時化丸の命を手信号で各船に伝える。錐状に並んだ船団が二列目の一隻に一斉に襲いかかる。
「矢を放て、その間に敵船に乗り込むぞ」
先頭切って敵船に突っ込む時化丸。
「操舵手を殺せ。そしたら次だ」
海賊衆は船の操舵手に狙いを定めた。操舵手を失った船は身動き出来なくなる。
「面倒だ、旗艦はどれだ」
五隻落としたところで、時化丸は大将の乗った旗艦を探し
始めた。やがて、旗艦を見つけた。
「派手な装飾に大将旗。あれが旗艦か。取り囲んで皆殺しだ」
自船に戻った時化丸が命令する。
「海賊卑劣なり」
火矢攻撃に、操舵手殺し。戦の定法にもとる攻撃に激怒する城越後守。だが旗艦を取り囲まれ、真っ青になった。
「他の船に援助を求めよ」
と命じるが通信不能。ついに海賊衆に乗り込まれた。
「戦え、戦え」
と叫ぶが、兵士は無惨に殺されていった。残るは越後守一人。
「待った。自刃するから猶予を」
と言ったが、
「まどろっこしいんだよ」
と言って時化丸は城越後守を斬り殺し、残った船を降伏させた。
山陽道を進む、讃岐宮追討軍は長門国に入った。間もなく下関に到着し、城越後守指揮する大船団に乗り込み、一気に筑前国に突入し、待ち構えているであろう敵軍と一戦交える。あるいは、敵軍は大宰府に籠城しているであろうか。どちらにしても讃岐宮軍を完膚なきまでに叩き潰し、都に凱旋する。それが大将軍、藤原只今の考えである。
「越後守殿からの伝令はまだか」
只今は副将只鳥に尋ねた。
「まだですが、仮に海賊に出くわしたとしても、あの大船団。勝利は間違いありません」
「そうだな」
何も知らない只今は呑気に頷いた。
一方、こちらも下関に上陸した讃岐宮軍の帆太郎と一萬太郎源義亘は二手に分かれ、敵を待ち伏せする事にした。
「地図によりますと、遠くに見えるのが鳥越山。山陽道に接しているのが妙見山でございます」
梅田大輔が説明する。
「では我らが妙見山にて敵を引きつけ、矢で攻撃した後、敵の中腹に攻め立てます。義亘様は鳥越山にて待機し、敵が混乱したところを後方から攻撃して下さい」
帆太郎が言った。戦歴では義亘の方が大分上だが、ここは若く、讃岐宮の信頼第一の帆太郎に指揮を任せていた。
「うぬ、では我ら後方から敵を襲おう」
義亘が言った。両軍二手に別れ山に潜伏する事にした。その義亘軍の道中。
「親父殿よ、何であんな若造の言いなりになってるんだ」
と頼親が父、義亘に突っかかった。
「あの者、若年にしては大将の器がある。お前と違ってな」
義亘は言った。そして、
「重朝、帆太郎明明の一挙手一投足、よく見ておけ。そして、お主が今後河内源氏の頭領になるにはどうしたら良いか考えよ」
と孫の重朝に命じた。
「はい」
素直に返事をする、重朝。
「おいおい、俺はどうなるんだよ」
頼親が怒鳴ると、
「言ったであろう、ただ乱暴なだけのお主には河内源氏を率いる力はない」
義亘は冷たく言い放った。
「くそ、今度の戦で俺の実力を見せてやる」
頼親は吠えた。
続いて源来光の軍。
「あの義亘様が、よく若造の意見に従いましたな」
四天王筆頭の渡辺鮪が来光に聞いた。
「お主、知らぬのか。あの帆太郎の父、風花太郎平光明は、今は亡き黒河帝のご落胤じゃ。つまり帆太郎には帝の血が流れておる」
「なんと」
驚く、渡辺鮪。
「それなら殿だって平和帝の子孫じゃないか」
坂田銅時が言う。
「血の濃さが違う。それに光明は、あの梅田大輔が見込んだ男。その忘れ形見となれば、自ずと将器が備わっていよう」
「いずれ、我が源氏の脅威にはなりますまいか」
厚井貞光が尋ねる。
「なる、必ずなる。それを防ぐには奴を味方に取り入れる事が肝要」
来光が答える。
「なりますか」
占部憲武が聞くと、
「梅田大輔を上手に利用すれば、それも成るだろう」
来光は言った。
最後に源親政の軍。
「孝行よ、この戦。大和源氏の浮沈が掛かっている。せいぜい手柄をたてよ」
「はい」
「これまでは河内源氏、摂津源氏に遅れを取って来た。この屈辱、今度の合戦で一気に挽回してやる」
「はい」
孝行は答えた。一見、一萬太郎源義亘の元、団結しているように思える平和源氏も内実はと言えば、己の一族の繁栄を願い、他方の失策を願っている。まさに源氏は仲が悪いのである。
こちらは妙見山の帆太郎軍。その帆太郎の元に、偵察に出ていた蟹丸が戻って報告をしていた。
「追討軍は約三千の兵。既に長門に入りました。間もなくこちらに来るでしょう」
「よし、わかった。ご苦労、蟹丸」
帆太郎が労った。次いで、茹で蛸が帰って来て、
「周防沖の海戦。我らが時化丸様の軍が追討軍に完勝した由。大将の城越後守は戦死。当方は十数隻の敵船を拿捕した模様です」
「そうか、それでは追討軍は筑前に渡れないな」
帆太郎は喜んだ。そして、
「追討軍には下関で破れて貰おう」
と気合いを入れた。
ついに追討軍が妙見山に近づいて来た。まず先鋒、武田甲斐守が通る。
「まだだ、先鋒は無視しろ」
帆太郎が兵士を自重させる。ついで、小野信濃守の軍が行く。帆太郎はこれも黙殺した。そして第三軍が通過しようとした時、
「よし小吉、矢を放て」
ついに命が下った。妙見山から一斉に第三軍に矢が一斉に放たれる。
「わあ、なんだ」
第三軍の将、平下野守森盛は驚いた。兵がバタバタと倒れる。
「き、奇襲だ」
森盛は狼狽した。
「よし全軍突っ込むぞ」
帆太郎が軍配を振り、大斧大吉を先頭に、小吉、木偶坊乞慶らが騎馬で山を駆け下りる。当然、帆太郎も我先にと『如竜』を飛ばした。続いて梅田大輔が歩兵を指揮し山を下りる。森盛の軍は動揺し、指揮系統が用をなしていなかった。まさか、敵が長門に渡って来ているとは思いもよらなかったのだ。
「落ち着け、落ち着け」
森盛が兵を沈静化させようとするが、当の本人が慌てているのだから抑えようもない。
帆太郎は敵を切り倒して前進し、大吉は大斧を振り回す。小吉は小斧で敵をなで切りにする。大輔は歩兵軍を指揮しつつ、絶妙の剣で敵を寄せ付けず、乞慶はその怪力で薙刀を振り回していた。やがて、帆太郎は第三軍の大将を見つけた。
「そこにおわすは大将殿とお見受けいたす。我こそは坂東の風花太郎平光明の一子、平帆太郎明明である。いざ尋常に勝負」
「へっ?」
森盛の思考が停止した。「風花太郎平光明の一子、平帆太郎明明?」
しばらくして、下野守は震え上がった。
「太郎兄者の子!」
戦慄した森盛は猛烈な勢いで逃げ出した。それも兵を置き去りにしてである。
「卑怯なり。名乗りも上げず逃げるとは」
帆太郎は追おうとしたが、乞慶が、
「先鋒、第二軍が戻って来ました。弱虫大将は無視して迎撃の用意を」
と忠告したので、陣容を整え敵に備えた。
一方、鳥越山を降りた源氏軍は後詰めの大将軍藤原只今軍を簡単に撃破。とくに源頼親は狂気の剣で敵を切り刻んだ。
「よし、帆太郎殿と合流。先鋒を叩く」
義亘の命令下、源氏軍は駆け、帆太郎軍と合流。慌てて戻って来た武田甲斐守軍、小野信濃守軍と激突。大吉、小吉、乞慶ら騎馬軍と、ほとんど無傷の大輔の歩兵隊、来光四天王に親政の子孝行の活躍で、武田信義と小野清永の首級を上げた。中でも乱暴者の源頼親は命乞いする兵士まで斬り伏せるという凄惨振りで、血に飢えた本性を露にした。その子重朝は初陣を飾ったが特段の働きを示せず、大将として活躍する帆太郎を見て、自らとの差を感じ、恥じた。
追討軍の大将軍藤原只今は副将只鳥と兵に守られ命からがら逃げ出した。
こうして讃岐宮軍対追討軍の戦いは宮方の一方的勝利で幕をおろした。
追討軍の死者は五百にも及んだ。死屍累々となった山陽道、下関。誰一人恐れて近づかない中、一人の僧侶が遺体一つ一つに念仏を唱え、丁寧に埋葬して歩いていた。その期間十日にも及んだと言う。
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