第十五話 都の混乱

 藤原不平等(ふじわらのふひと)という男がいる。太政大臣、藤原不足の一つ違いの弟である。左大臣をしているが、兄からは重用されていない。なぜなら人を騙したり、からかったりする事を至上の喜びとする、変人だったからである。今日も兄、不足の怒りを買うような事を言って喜んでいる。

「兄上、源氏が揃いも揃って、絶縁状を送って来たそうですなあ」

「ああ」

 不機嫌に答える、不足。

「こうなると兵の数で讃岐宮の方が有利になりますなあ」

「ふん、甲斐、信濃、越後の兵を寄越すよう命じたからな。それも二千じゃ」

 自慢げに不足が言う。

「それは重畳。しかし平氏の大将の下野守、無能で有名な男やそうですなあ」

「不平等、何が言いたい」

「わたくしに兵千をお与え下さい。讃岐宮など、あっという間に蹴散らしてみせますわ」

「ほう。お前は頭がいいようで馬鹿だな。千で二千五百の兵が討てるはずがない」

 不足は話しにならないという顔をする。

「わたくしに考えがあります。鎮西の国司たちに『讃岐宮を裏切ったら宮が約束したよりもさらに安い年貢にしてやろう』と言うのですわ」

「馬鹿が、これ以上年貢を安くしたら政がなりたたぬ」

「それでいいのですわ。その場しのぎの嘘ですねん」

「嘘……嘘か」

「はい」

 不平等は自信満々に言った。

「兵とはいっても老兵や新人兵でいいのですわ。どうせ戦わないんやから」

「面白い策ではあるな」

 不足は乗って来た。

「ご理解頂けたなら兵を下され」

「よし、老兵では向こうが疑うだろうから、わしの私兵を千貸そう」

 不足は兵を出す決意をした。

「ありがたい仰せでございますわ」

 不平等は感謝の意を示すと、その日のうちに出兵した。

「どうせ、期待なんかしておらぬわ。いっそ矢で頭を射抜かれてしまうがよい」

 悪態をついて不足は不平等を送り出した。

 千の兵を得た不平等は悠々と鎮西に辿り着き、そのまま白旗を振って降伏の意を現し、大宰府に入った。そして、

「讃岐宮様、わたくしは兄、不足に邪険にされ毎夜、涙を流していました。そこに、宮様の旗揚げを聞き、『自分と同じ境遇の方でも諦めなければ大きな事をなせる』と感動し密かに宮様と行動を同じゅうしようと策を練っておりました。先日、ある策を思いつき、このように千の兵を兄から詐取して、御前に参りました。願わくば、幕閣の端にでもお置き下さい。武力はありませんが、知恵はあります。どのようにもお使い下さい」

 と膝を着いた。

「うぬ、長舌で良く分からぬが、余の配下になりたいというなら、そうするがよい。我が軍には知恵者が少ないから協力してくれ」

 と言って不平等の参陣を許した。


「なに、不平等が降伏、奴の策略であろうよ」

 と最初、呑気に構えていた、不足だったが、それが本当だと分かり、烈火の如く怒った。

「あの不肖の弟め。我が軍勝利の暁にはその曲がった鼻を削ぎ、舌を抜いて、減らず口が叩けないようにしてやる」

 不足は取りつく島がないほどの物言いだ。

 そのころ、下野守森盛が無事に都に着いた。

「おお、下野守。武蔵守の名代ご苦労」

 機嫌を直して謁見する不足。

「太政大臣様、坂東の兵つつがなく到着いたしました」

 無礼のないよう慎重に言葉を並べる下野守森盛。

「下野守よ、源氏はわしを裏切った。頼るべきはお前だけだ」

「はい。我ら平氏は何があっても太政大臣様をお助けします」

「うん。その言や良し。勝利の暁にはそちらに越中、越前、伊豆、駿河、遠江、三河、飛騨、美濃を預けよう。兄弟で分けるが良い」

 不足は上機嫌だ。

「間もなく、越後、甲斐、信濃から二千の兵が来る。三千六百の兵で讃岐宮を討つ。下野守よ、大将軍、藤原只今を助けてやってくれ」

「ははあ」

 下野守の謁見は終わった。

 翌日、追討軍の大将軍、藤原参議只今を座長として軍議が開かれた。参加者は副将の藤原只鳥(ふじわらのただとり・只今の弟)、平下野守森盛、城越後守祐介(じょう・えちごのかみ・ひろすけ)、武田甲斐守信義(たけだ・かいのかみ・のぶよし)、小野信濃守清永(おの・しなののかみ・きよなが)の六人である。

「さて、情勢は大変厳しい状況になりました」

 只今が穏やかに話す。

「讃岐宮軍は既存の兵千に源氏の千五百。それに裏切られた不平等様の千。あわせて三千五百に膨れ上がりました。それに数は分かりませんが海賊が味方しているようです。果たして我ら無事に関門海峡を渡れるかどうか。渡ったところで大宰府に籠城されたらいかがするか。皆様どうぞ忌憚なくご意見をして頂きたい」

「大将軍」

 森盛が発言した。

「大将軍は気弱になられております。海賊などは所詮漁師上がり。私は若年の折、海賊退治に参加しましたが、たいした事のない者ばかりでした」

 自分は船酔いしましたとは言わない。

「だから海賊など恐れるに足りないのです」

 森盛は豪語した。

「そうか、しかし讃岐宮の海賊は強いらしいぞ」

 只今が言う。

「我が軍に海軍は?」

 城越後守が聞く。

「ない」

「ない? では早急に編成せねば。海賊退治の経験のある下野守様。ぜひとも」

「えっ」

 ろくに船に乗った事のない森盛は突然の指名にびっくりしてしまった。あわてて、

「日本海の荒海を経験している越後守様こそ相応しいのでは」

 と取り繕う。

「ならば、海軍仰せつかります。船の用意をお願いいたします」

 ほっとする森盛。

「船は早急に用意しよう」

 只今が言った。

「籠城のことですが」

 武田甲斐守が聞いた。

「大宰府の城壁は堅固なのでしょうか」

「大宰府は多賀城や秋田城のように戦の城ではなく、政治の場ですから堅固とは言いがたいでしょう」

 只今の返答。

「ならば恐れる事なし」

 森盛が調子に乗る。海軍を逃れたので気楽になったのであろう。

「実際、宮軍の強さはいかがなものでしょう」

 小野信濃守が聞く。

「基本的には寄せ集めです。しかし、中に途轍も無く強い男が何人かいるようです」

「腕が鳴りますな」

 うかれる森盛。

「下野守殿、先ほどから勇ましい言葉。是非、先鋒をお願いしたい」

 副将、只鳥が言う。

「せ、先鋒ですか。先鋒は戦上手の甲斐守様の方が良いのでは」

 また逃げた。成長したと思ったのは見せかけだけだったようだ。

「謹んで、先鋒をお受けいたします」

 武田甲斐守は先鋒を受けた。

「では、海軍が揃い次第出陣しましょう。稲刈りがあるのでおそらくは晩秋に」

 只今が締めて軍議は終わった。


 その年の冬、多少予定より遅れて『讃岐宮追討軍』が都を出立した。先鋒は武田甲斐守信義、二番手は小野信濃守清永、三番手が平下野守森盛、後詰めに大将軍、藤原参議只今が行く。城越後守祐介は大船団を組み、海を行く。

 太政大臣藤原不足は高野山と比叡山の僧二百人に『讃岐宮調伏』の祈祷をさせた。出陣式には今上の後黒河帝も御簾の中から閲覧した。帝は兄、讃岐宮についてどう思っているのか。黙して語らぬため、それは分からない。

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