第二十二話 東西激突

 頼親の反逆鎮定後、帆太郎は一萬太郎源義亘の二子、対馬守義為(つしまのかみ・よしため)の娘、つまり、義亘の孫、光姫(ひかりひめ)と婚姻した。翌年には男子が誕生する。平源太郎(たいらのげんたろう)である。これには新帝もお喜びになり、「見せよ、早う見せよ」とおせがみになったので、御所において拝謁の儀を執り行った。その際、赤子用の甲冑が作られた。これを『平源産着』といい、明明流平氏代々の家宝となった。

「可愛いのう、播磨宮の生まれた時を思い出す」

 と新帝が言うと、

「なんか、猿みたいやな」

 と左大臣、藤原不平等が茶々を入れた。

「そうかのう、源平両流の血が入った、将来の武家の頭領に相応しい顔じゃ」

 と新帝はその場で自分の玉剣を源太郎に与えた。これも『新帝玉剣』として代々の家宝となった。

「ところで、帆太郎、いや大将軍」

 新帝は面を改めて言った。

「東の者が俘囚と手を組み、我らに戦を仕掛けて来るらしい。その数一万。如何致す所存か」

「はい、私の兵、五千に源近衛将監重朝の兵二千、源対馬守義為の兵千に鎮西の兵、七百で挑む所存でございます」

「いささか少ないの。不安だ」

 新帝が頼りなさげに言う。

「これはあくまで正規の兵。私には海賊軍千がおります」

 自信満々に言う帆太郎将軍。

「そうか!」

 喜ぶ新帝に対し、

「それでもまだ足りまへんな」

 と煽る、不平等。

「我らは旧朝軍の二倍三倍と働きます。ご心配あるな」

 帆太郎将軍は答えた。


 そのころ東の都には安倍義良率いる、俘囚兵一万が到着していた。

「安倍義良、従四位下、鎮守府将軍に任ずる」

 太政大臣藤原不足が勅令を読み上げる。

「はい」

 手短に義良は答えた。

「同時に、正四位上征西大将軍、平武蔵守の副将として逆賊、讃岐宮安彦を追討するよう命ずる」

「お引き受けいたす」

 またも手短に答えると退出する、義良。

「なんとも申し訳ございません。俘囚の者ゆえ、礼儀知らずで」

 不足が非礼を詫びると、

「よいよい。なんとも頼り気のある男だの」

 と後黒河帝は言った。

 御所を出た足で義良は自分の上司になる、征西大将軍、武蔵守水盛に挨拶に向かった。どんな男かその人物を見る為である。

 武蔵守水盛は仮住まいという事で、相模守大盛の館に住んでいた。その館を見て義良は、

「一見豪華に見えるが隙だらけ、武士の館とは思えぬ」

 と酷評した。

「武蔵守殿にお逢いしたい」

 下士に言うと客間に案内された。しばし待つ。

「将軍、お待たせいたしました。武蔵守水盛でございます」

と杖を突いた男が現れた。

「おみ足が悪いのか」

 義良は驚いた。こんな男が、征西大将軍なのか?

「右足だけでなく、左手も不自由ですよ」

 なんの衒いも無く水盛は言った。

「若き折の古傷。もう一生治りません」

 水盛は静かに言った。

「そうですか、私は安倍義良。あなたの副将になったものだ」

 義良は挨拶した。

「ええ、聞いています。私はこんな姿です。あなたに迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願い申し上げます」

 随分丁寧な男だ、と義良は思った。ほとんどの者が自分を俘囚と侮るなか、これは珍しい。

「今度の戦い、いかに思案しておられるか、そこのところを聞きたい」

 義良は尋ねた。

「敵は東海道を進むと思います。私はあえて東山道を進んでみたいと思います。その時、敵がどう動くかで勝敗が決まります。敵の進みが早ければ石神三河守を三河に戻し、これと戦わせ、我らは美濃から攻撃する。敵の動きが遅ければ近江辺りで決戦となるでしょう。草の者の話しによれば敵の兵数は九千弱。数の上ではこちらが勝ります」

 水盛は答える。

「我ら道の事には不案内だ。よろしく頼む」

「こちらこそよろしく」

 会談は終わり、義良は帰陣する。その際、

「この館はどなたが作った」

 と聞いた。

「弟の相模守よ。こんな武士にあらざる守りの弱い館を作りおって」

 杖をつきながら水盛は義良に言った。

(武蔵守は信用出来る)

 義良は思った。

 三日後、征西大将軍、平武蔵守水盛、鎮守府将軍、安倍義良は藤原只今、石神三河守、それに平氏兄弟を引き連れ、甲斐に向かって進軍。そこから東山道を通って山城国の西の都を目指した。


 東軍の様子を探らせていた蟹丸の報告を聞き、帆太郎将軍は衝撃を受けた。

「敵は東山道を使う!」

 これでは海賊軍を使えない。敵勢が一万を越えている以上不利である。

「使いたくなかったが致し方ない」

 帆太郎将軍は権力を使った。西国、四国の国司に各百の兵を徴兵し、都に送るよう命令。別に源来光と源親政に招集を掛けた。国司から計千四百の兵が送られ、来光からは四天王と五百人の兵。親政からは、息子の孝行と三百の兵が送られて来た。これで帆太郎方も一万を越える兵士が集まった。早速軍議が開かれる。

「敵は東山道を西に上って来ている。既に信濃を越えて来ている。かなり早い動きだ」

「都で籠城するのはいかが」

 源右兵衛佐孝行が提案した。

「しかし、都は攻めやすく、守りにくい。ここは野戦に持ち込むべきです」

 来光四天王筆頭、渡辺鮪が言った。

「問題は何処で戦うかです」

 源右近衛将監重朝が問うた。

「近江では都に近過ぎて危険だ。早急に美濃へ出張りましょう」

 木偶坊乞慶が発言する。

「よし、今すぐ出よう。美濃へ出発だ」

 帆太郎将軍は決断する。征夷大将軍勢は昼夜を問わず、美濃へ走った。

 

 東軍は美濃、桃配山に武蔵守水盛と副将義良の本陣を、南宮山に安倍義良の息子、貞十(さだとう)率いる俘囚軍一万を配置。東山道沿いに藤原参議只今、藤原左衛門佐只鳥、下野守森盛、下総守山盛、相模守大盛を第一陣、石神三河守、安房守泡盛、上総介特盛、常陸介先盛、上野介舟盛を第二陣に配置した。

 一方西軍は南天満山麓に副将、源右近衛将監重朝とその舅、宝条氏時(ほうじょう・うじとき)を置いて本陣とし、松尾山に源対馬守義為と源右衛門佐孝行を配置。前線は第一陣に帆太郎将軍、大斧大吉、梅田大輔、木偶坊乞慶に渡辺鮪、坂田銅時、厚井貞光、占部憲武の来光四天王。第二陣に大下薩摩守、川崎大隅守、同豪族、中西太郎、仰木日向守、豊田肥前守、高倉肥後守、関口豊前守、稲尾豊後守、同豪族の玉造次郎、和田筑前守、後詰めに大斧小吉を配置した。帆太郎の前線参加は「大将軍が前線に立つなど前代未聞です」「大将が匹夫の振る舞いをするのはお止め下さい」と重朝始め諸将に強く止められた。しかし、帆太郎将軍は、

「相手には坂東平氏が居ると言う。私の宿願は坂東平氏を倒し、父、光明の仇を取る事、私怨に心奪われ申し訳ない。しかし、ここは我を通らせてくれ」

 と頼み、敢えての先陣となった。


 子の刻丁度、この大戦の火花が切って落とされた。まず出て来たのは東軍、藤原只今、只鳥兄弟である。只今は先年の汚名を返上するのはこの時とばかり、敵の先陣、帆太郎軍に攻め立てた。

「矢を放て」

 梅田大輔が命令する。

「こちらも矢じゃ」

 遅れて只今軍が矢を放つ。

「よし、今だ。突っ込め」

 帆太郎将軍の掛け声と共に帆太郎軍と、来光四天王軍が突っ込む。帆太郎将軍は『如竜』を光の如き早さで走らせ、敵兵を討ち取っていく。

「あれは敵の総大将、討ち取った者が武功一番じゃ」

 只今が吠える。帆太郎将軍は一気に敵兵に取り囲まれる。

「イヤー」「エイ」

 帆太郎に突き込まれる槍、槍、槍。

「討っても、討っても討ちきれぬ」

 帆太郎将軍が愚痴ると、

「ここは拙僧におまかせあれ」

 と乞慶が駒を進めて来た。そして薙刀を一閃すれば、あっという間に死体の山。帆太郎将軍は危機を脱した。

「殿は下野守や下総守の陣へ。ご本懐をお遂げ下され」

「おう」

 帆太郎将軍は兵を引き連れ、平氏軍へと舳先を変える。

「敵の総大将が行く手を変えるぞ。させるな」

 只今が帆太郎将軍への総攻撃を開始する。

「我も出撃する」

 只今は駒に跨がった。

「それにおわすは西の大将ぞな。我は参議、藤原只今である。いざ尋常に勝負」

「邪魔だ。私の敵は坂東平氏。参議殿に遺恨は無い」

 帆太郎将軍は相手にしないようにするが、只今は侮られたと思い、追撃を止めない。帆太郎将軍と只今の一騎打ちが始まった。

「えいっ」

 剣を振り下ろす只今。

『カチーン』

 と剣を受け止める、帆太郎将軍。

「さすが前の征西大将軍。公家にしては良い太刀筋だ」

 帆太郎将軍は敵を褒める。しかし、それはお世辞だった。

「これを受けよ」

『ガチーン』

「わあ」

 鎧の上から猛烈な剣を受け藤原只今は落馬した。

「敵の大将が落馬したぞ。首級を取れ」

 乞慶が兵に命令する。

「ワー」

「させるな、させるな」

 藤原只鳥が兄を救おうと前に出て来る。只鳥軍と乞慶軍が入り乱れる。必死に只今を救おうとする、只鳥軍。そうはさせじと乞慶軍。その隙に、帆太郎将軍は大斧大吉と梅田大輔の軍を連れ、今度こそ平氏軍に迫る。

 平氏軍はその時、来光四天王軍と戦っていた。兵数は四天王軍五百、平氏軍千。そこに兵士数三百の帆太郎将軍の勢が割って入って来る。

「渡辺殿、そなたらは石神三河守を撃退して下さい。平氏軍は我らが倒します」

 帆太郎将軍が渡辺鮪に言う。

「おう、承知した」

 渡辺鮪が受け、四天王軍が動く。帆太郎軍には平氏の兵が突っ込んで来た。

「邪魔だぞう」

 大吉が大斧で敵兵を薙ぎ払い。梅田大輔が華麗な剣でこれも敵兵を討つ。やがて、下野守森盛の陣が見えて来た。

「あっ、太郎兄者の息子だ。帆太郎明明だ」

 森盛は慌てた。

「下総守に合図しろ。両軍で帆太郎を討て」

 合図は下総守山盛に届いた。

「て、敵の総大将がき、来たぞ。討ち取れ、討ち取れ」

 及び腰になりながら山盛が命を出す。

「平下野守、下総守。いざ勝負」

『如竜』に跨がった帆太郎将軍が大吉、梅田大輔と共に平氏軍に迫る。

「ひいぃ、相模守に出て来るよう申せ」

 森盛が伝令に捲し立てた。

「そこな、下野守だな。父の仇。勝負だ、勝負だ」

 帆太郎将軍は森盛に襲いかかろうとする。が、敵兵に阻まれなかなか近寄れない。そこに相模守大盛がやって来て形勢逆転。三千の兵が三百の帆太郎軍を取り囲んだ。

「飛んで火にいる夏の虫とはそなたの事だ。この相模守がお前を返り討ちにしてやる。者ども、掛かれ」

 一斉に相模守軍が帆太郎軍に襲いかかった。

 それを松尾山で見ていた、対馬守義為が、

「婿殿が危ない」

 と叫んで、源右衛門督孝行と合わせて千三百の兵で傾れ込んで来た。

「義父殿かたじけない」

 帆太郎将軍は言った。そして、

「相模守。そなたで良い、勝負しろ」

 と大音声を上げて相模守大盛に迫った。

「うひゃあ」

 卑怯にも大盛は後退し、第二陣に駆け込む。しかし、その二陣は来光四天王に蹴散らされ、石神三河守は戦死。安房守泡盛、上総介特盛、常陸介先盛、上野介舟盛は本陣に逃げ帰っていた。大盛も慌てて本陣へと急ぐ。

 状況をつぶさに見ていた西軍副将の源右近衛将監重朝は、

「今こそ、総攻撃の時だ」

 と二陣の鎮西軍と後詰めの大斧小吉を先頭として戦場に駆けつけさせた。


「逃げ帰って来るとは情けない」

 征西大将軍平武蔵守水盛は弟達を叱責すると、

「義良殿、そなたの兵を出す時が来たようだ」

 と傍らの安倍義良に言った。

「はい、では合図を」

 義良が右手を上げると、南宮山の安倍貞十率いる俘囚兵一万が山を下って来た。一万と一万の戦いが始まる。

「山から新手だ。義父殿、孝行殿頼みます。大斧の父上、大輔、抜かるなよ」

 帆太郎将軍は俘囚軍を迎え撃つ。後方からは重朝率いる八千が近づいて来ている。勝負は互角と見えた。

 しかし、俘囚兵は強かった。山の上から『ビュンビュン』矢を打下ろして来る。

「矢を避けろ。重朝軍が来るまで持ちこたえよ」

 叫ぶ帆太郎将軍の右肩に敵の矢が刺さる。

『ズサッ』

「うっ、何のこれしき」

 怒りに火の付いた帆太郎は俘囚軍ではなく、敵の本陣を突く事にする。

「我が兵は敵の本陣を目指す。義父殿は俘囚の兵を抑えてくれ」

 東軍の本陣は平氏と安倍義良の兵三千が居た。

「帆太郎明明が突っ込んできます」

「うぬ、返り討ちにせよ」

 武蔵守水盛は冷静に言った。

「次郎の兄者……いや武蔵守様。あれが太郎の兄者の遺児、帆太郎です」

 森盛が教える。

「うむ、あれがそうか。矢で射殺してしまえ」

 平氏の兵が一斉に矢を放つ。

『グサッ』

 帆太郎将軍の鎧に矢が何本も刺さる。それでも帆太郎将軍は進撃を止めない。帆太郎軍に四天王軍、大斧大吉、梅田大輔の軍を加えた二千の兵が今にも本陣に傾れ込もうとしている。

「ここは一旦退き、貞行の兵に期待しましょう」

 安倍義良が言い、武蔵守の本陣は後退した。その貞十の軍は、義為、重朝の軍と交戦していた。貞十軍は山での矢戦は強力だったが野戦になると、脆さを露呈した。統制の取れた義為、重朝軍に対し、個々の能力では勝りながら、指揮系統がしっかりしていなく、戦略的に攻撃して来る義為、重朝軍に手こずっていた。一万の兵も五千に減っていた。

「大将軍、五千の兵を失うは大敗。ここが引き時ですな」

 義良に言われた、水盛は、

「やむを得ぬ、撤兵だ」

 と言って輿に乗った。

 こうして東西の激突は西軍の勝利に終わった。しかし西軍は追撃出来なかった。征夷大将軍の帆太郎が全身に矢を受け、瀕死の重傷を負ったからである。

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