Fの物語

山田えみる

Fの物語

 わたしの名前は、雨宮かすみと言います。

 ごくふつうの高校生をやっています。むかしから人と接するのが少し苦手で、それは高校に上がってもまだ治らないようでした。話せる友達? 休み時間には何度も読み直した本を開いているか、眠たくもないのに机に突っ伏しているところから察してください。携帯電話のアドレス帳でも構いません。ほら、『母』しかないでしょう?

 そんなわたしがある冬の日に出逢った、三十分間だけの友達。

 とても大切な、はじめての友達のお話をしたいと思います。


 Fの物語を。


 その日は、今年の冬はじめての雪が降り、とても寒かったのを憶えています。

 教室に入ると、ストーブの前で同級生が多くたむろしていました。わたしは寒がりなので早くストーブに当たりたかったのですが勇気が出ず、家を出るときに母からもらったカイロを必死にこすっていました。

 席についたわたしは手持ち無沙汰でしたので、窓の外の真っ白な景色を見つめていたり、ちらちらとストーブの前の女子集団に目線をやっていました。あのグループの中心には天宮冬華という生徒がいます。黒髪ロングがよく似合う、長身の女の子。

 天宮さんはわたしのご近所さんで幼稚園小中高と一緒でした。子供の頃は近所ということで一緒に遊んでいたのですが、小学校中学年ほどから少しずつ二人の道は別れていったような気がします。わたしが梅雨のような雨宮に対して、彼女は晴れ晴れとした天宮。存在感という意味で空気のようだと言われる名前、かすみに対して、彼女は高嶺の花を思わせる冬華。

 ――わたしは彼女が羨ましかったのです。

 もしわたしの心と彼女の心を取り替えることができたとしても、きっとわたしは戸惑ってしまうでしょう。でもどこかで、彼女のようになりたい、彼女のようにたくさんの友達に囲まれていたい、と強く願うようになっていました。

 わたしには友達をつくる機能が欠けているのでしょうから。


 ※


 一時間目の体育は、積もりに積もった雪のため屋内競技となりました。定番のバレーボールのようです。そのアナウンスがあった瞬間に、仮病を使う決心をしました。体育が死ぬほど嫌いというわけではないのですが、チームプレーでは多くの人に迷惑をかけてしまいます。幸いなことに、わたしが抜けても特に誰も損はしないので、体育館の端で本でも読んでいようと心に誓いました。

 クラスの女子達の話題はもっぱら、天宮さんが体育をさぼったことに終始していました。彼女はそそくさと保健室のほうへ行ったようです。

 何事も無く、体育の時間は終わりました。

 わたしの人生を揺るがす事件があったのは、二時間目なのです。

 二時間目の授業は数学。算数は苦手だったのですが(恥ずかしながら、いまでも繰り上がり繰り下がりの暗算はよく間違えてしまいます)、文字式を使った問題は得意なわたし。授業のはじめにある小テストもクリアし、今日の授業で説明される公式もなんとかマスターすることができました。

 そして終了間際、チャイムまであと十分というところ。

 宿題の連絡も終わり、昼休みが近づいてきています。クラスの中にはもうすでに用具を机の中にしまっている者もいます。体育のあとで疲れたのか、ずっと寝ていた生徒が起きだしたりしていました。わたしも少々お腹が空いてきたので、ちょっと早めに終わらないかなー、なんて思っていたそのときです。

 「♪」

 携帯電話の着信音が、静かな教室中に響き渡りました。

 最近流行っている着メロというものではなく、初期設定でよくある電子音のもの。電話ではなくてメールのようです。誰か、携帯電話の電源を切り忘れていたのだな、あと十分遅ければ怒られなかったのに運が悪い子もいるもんだな、なんて他人事のように思っていました。

 けれど、誰も慌てて鞄の中に手を突っ込む仕草をしていません。どころか、鳴り止まない着信音をBGMにみんなが信じられないような顔でわたしのほうを振り返っていたのです。

 「雨宮のかすみの方か? 珍しいな、ちゃんと切っとけよ」

 そこまで言われて、わたしはようやく事態を理解しました。飛び跳ねるように「ごめんなさい!」と言って、鞄の中に手を入れます。わたしでも信じられないことですが、紅い携帯電話が震えてしました。母はいつも電話ばかりですので、へえ、メールのときはこういう光り方をするんだなんて妙な感心もしてしまいました。

 みんながざわついている間に昼休みの開始を知らせるチャイムが鳴り、先生が出ていきました。生徒たちは弁当の用意をしながら、わたしのほうを見てひそひそ話をしています。

 いたたまれなくなったわたしは、弁当箱と携帯電話を持って教室から逃げました。

 「雨宮にメールするやつなんているんだ? つか、ケータイ持ってたんだ、意外」

 天宮冬華さんです。ストレートの綺麗な髪を撫でながら、教室の出口でばったり会ったわたしにそう話しかけてきました。

 「……ごめんなさい、いつも鳴らないからマナーにし忘れてて」

 「だよねー」

 後ろの取り巻きたちと小さな笑いが起こりました。


 ※


 学校の屋上はわたしの秘密の隠れ家です。

 梅雨は雨でずぶ濡れになり、夏は直射日光で灼熱地獄、冬は極寒の地なのですが、誰もこないここならば、わたしは一人でいても罪悪感を感じなくて済むのです。羨ましいなんて気持ちを抱かなくてもいいのです。

 案の定、一面雪景色になっていたので、出入口の階段のところに腰掛けます。水筒のキャップに暖かいお茶を注ぎ、一口。深呼吸も加えて、こころを落ち着かせます。問題の携帯電話をじっと睨みつけて、えいやっと開きました。

 『未読メール有り 一件 F』

 「えふ?」

 メールに関してはあまり詳しくはないのですが、このFというのがお名前なのでしょう。無機質な英数字を並べたアドレスがその下に表示されていました。その中にもFという文字が単体で使われており、この人はずいぶんこの文字に思い入れがあるのだなあと思いました。

 受信箱はからっからで、契約した時の通信会社からのメールしかありません。

 わたしは思い切って、携帯電話の中央にあるボタンを押しました。

 『こんにちは。雨宮かすみさんですか?』

 「はい」

 思わず、返事をしてしまいました。顔を真赤にして周りを見渡します。さすが、わたしの隠れ家、通りがかる人すらもいなくてほっと胸をなでおろします。

 『ぼくはFと言います。突然のメールごめんなさい。驚かせてしまったかな? もしよければ、ぼくとメールをしてくれませんか?』

 「メールを……」

 そんなことを急に言われたって……、とふつうなら思うのかもしれません。でもそれよりも先に、やっと出会えたという感情が先に生まれてしまいました。そんな自分に驚きです。

 はじめて押す『返信』のボタン。たどたどしく両手でボタンを操作しながら、返事のお手紙をしたためます。

 『はじめまして。Fさんとお呼びすればいいのでしょうか。こんなわたしでよければ、よろしくお願いします』

 「えいっ」

 全身全霊を込めてボタンを押すと、画面の中で紙飛行機が折られて飛んでいきます。この飛行機はどこへ飛んでいくのでしょうか、ついつい追いかけてみたくもなります。

 メールの送信を確認して、およそ十秒ほどでしょうか。

 まだ聞きなれない、メールの着信音が鳴りました。ワンテンポ遅れて、手元で携帯電話が震えます。開くと、さっきとまったく同じ画面が表示されていました。Fという謎の送り主です。

 『ありがとう! Fにさんなんて付けなくてもいいよ。ほんとうにありがとう、雨宮さん』

 「え、えふ」

 口の中で名前を呼んでみます。いざ人の名前となると呼び捨てに慣れていないわたしには困難極まりないことです。それにしてもFさん、わたしなんかに返信をもらっただけでずいぶんな喜びようです。まるで、誰かに話しかけてもらえたわたしみたいでした。

 『お名前でなく、Fでよろしいのですか?』

 わたしも出来ればかすみと呼んでもらえませんか、そう付け足そうと思いましたが、なんだか恥ずかしくなってやめました。

 『FはFだよ。本名は秘密だし、みんなそう呼んでるから、雨宮さんもそう呼んでくれるとうれしいな』

 『はい、F。まるでスパイみたいですね。よろしくお願いします』

 『いまは何をしているの? ぼくはお腹が空いてきたなぁ』

 『これからお弁当を食べるところです。場所は学校の屋上です』

 『雨宮さんは、学校に通っているんだね。学校は楽しい?』

 『いえ、』

 そこまで打ってしまって、クリアボタンを押します。それにしても、Fは返信が早いです。他の女子たちのように携帯電話を開きながらお弁当を食べようと思ったのですが、初心者のわたしにとってはメールの返事だけでいっぱいいっぱいです。

 『楽しいですよ! Fは学生さんですか?』

 『学生さんです。雨宮さんと一緒だね』

 Fがどこかの学校の教室でメールをしながら、おにぎりを頬張っている姿が頭に浮かびました。会ったこともないし、さっきメールを貰ったばかりだというのに不思議なことです。

 携帯電話の時計が12:30に切り替わりました。

 『あ。ごめん、ちょっと用事があるから、また明日』

 突然、Fとのメールが打ち切られてしまいました。わたしは少しだけ体温で暖かくなった携帯電話を胸に抱えて、Fとのメールのやり取りを思い出していました。12:45の予鈴がなって、わたしはようやくお弁当を食べていなかったことに気がついて、急いで箸でかきこみました。

 「えふ……」

 極寒の屋上で呟いた名前は、白い息となって霞のように消えていってしまいました。


 ※


 それから毎日、わたしはこの秘密の居場所でFとのメールのやり取りを繰り返しました。いまではきっちりマナーモードです。彼のメールはちょうど12:00に送られてきて、返事はちょうど送信後十秒。12:30に『ごめん、都合があって……』というメールで締めくくられます。

 やはりわたしとちがって、友人たちと一緒にお弁当を食べるなどの予定があるのでしょうか。でも、だとしたら、わざわざわたしなんかにメールを送らなくてもいいのです。

 『なんだか最近かすみ、楽しそうだね』

 ついつい、頬が緩んでしまいました。けれど、Fと繋がっていられるのはたった三十分間だけなのです。急いで返事をしなければ。

 Fとはいったい誰なのか。どこの学生なのか。それはいくら尋ねても、『秘密』とごまかされてしまいました。もしかしたら、わたしの学校の男子生徒なのかもしれません。けれど、悲しいことにわたしは誰にもアドレスを教えていないのです。変える必要はないと思って、初期設定の英数字が入り乱れた味気ないアドレスです。

 ――どうして、わたしのアドレスを知っているの?

 それを訊いたら、Fとのわずかな繋がりが失われてしまいそうで、まだ訊けずじまいです。どこの誰かはわかりませんが、決して悪い人ではないことはわかります。いわゆるスパムメールの類なのではと疑ったこともありますが、わたしの生き生きとした毎日の役に立っているのですから、迷惑なメールではありません。

 楽しみなことなど何もなかったわたしですが、いまではたとえ授業中であっても「明日はFとこういうことを話そう」だとか「こういうことを訊いてみよう」といろいろ想像してしまいます。

 それにしてもハンドルネーム(というのでしょうか)のFとはどういう意味なのでしょう。イニシャルでしょうか。いまでも手元の古典のノートには『藤原』『不動』などと思いつく限りのFから始まる苗字を書き綴っています。もしかしたら、名前のイニシャルかも知れません。『フミアキ』とか『フミヤ』などしょうか。あ、『フリードリッヒ』みたいな名前だったらどうしましょう!

 「雨宮! ……の、かすみの方」

 急に呼ばれたので、わたしは驚いて立ち上がってしまいました。ペンが転がって机から落ちます。

 「どうした、答えてみろ」

 「あ、あの……。すみません」

 くすくすくすと静かな笑いが起こる中で、わたしは顔を真っ赤にしておずおずと席に座り込みました。楽しい、というだけでは人生はうまくいかないのですね。難しいものです……。


 ※


 わたしの中でFのイメージは少しずつ固まっていきました。好きな音楽、好きな本。名前をはじめ個人情報は謎に包まれているものの、毎日お話をするだけでここまで相手のことがわかるのかとわたしは驚いてしまいました。しかもたった三十分間で。

 いつか、どこかでお会いして、色々お話を伺ってみたいと思っていました。ふるまう機会にこそ恵まれないものの、わたしの特技は料理です。そりゃあもう自信があります。なのでお弁当を作ってあげて、どこかで散歩しながら食べることができたら幸せだなあと想像していました。

 電池が切れても気がつかなかったほど無用の長物と化していたわたしの携帯電話はいまや、マストアイテムとなっていました。帰り道でメールの受信箱を確認していて、電柱に思いっきりぶつかることなど日常茶飯事です。

 天宮冬華さんと、最近よく教室で目が合うことがあります。そのたびに彼女は仲間たちと目配せをして、くすくすと笑います。いままでは気にならなかったのですが、最近はそのたびに胸がちくりと痛くなるのです。

 「あ」

 わたしはあることに気がついてしまいました。もしかしたら。もしかしたら。

 天宮冬華。彼女の名前は『ふゆか』です。もし仮に名前の方のイニシャルを取れば、それはF。考えて見れば、わたしはいつのまにかFを少年だと認識していただけで、確認はしていませんでした。

 休み時間がまだ数分残されていることを確認して、わたしは鞄から携帯電話を取り出しました。そして受信箱を確認します。やっぱり。Fはたしかに一人称は『ぼく』でしたが、男性であると言ったことは一度もありません。

 ――実は冬華さんなんでしょうか。

 そうすると、いくつかのことが説明できます。

 一つ、誰にも教えていないはずのわたしのアドレスを知っているということ。これは、そう、体育の時間などにわたしの鞄を探ればすぐにわかるはずです。

 二つ、メールをできる時間が三十分間だけということ。このクラスのみんなはわたしが教室でお昼ごはんを食べないことを知っています。なので、わたしにばれることなくメールが打てるでしょう。

 「……まさか、ね」

 彼女が友達の机に腰掛けて携帯電話をいじっているいまがチャンスです。わたしは『Fへ』というだけの内容のメールを送信してみました。わたしの不安を綴った手紙が紙飛行機の形に折られ、飛んでいきます。

 一秒、二秒。

 わたしは息を殺して、彼女の携帯電話を注視していました。けれど、一分を数えても冬華さんの携帯電話は震えるどころか光りすらしませんでした。ふぅ。人知れず、安堵のため息がこぼれます。

 もしもFが虚構の存在であったなら、わたしのこの想いも嘘のものということになってしまいます。ここ一週間のわくわくやどきどきもすべて紛い物だったということになってしまいます。

 マナーモードにして、鞄の中に携帯電話をしまって、次の授業の教科書を取り出しました。

 お昼休みが待ち遠しいです。

 疑ってごめんねと、Fに謝らなければならないかもしれませんね。


 ※


 『どうしたの、雨宮さん』

 『ちょっと嫌なことがあって。人間関係って難しいね、わたしはやっぱりにがて』

 そこまで送って、大きなため息。十秒後に震える携帯電話をブレザーのポケットに入れて、わたしは屋上の柵に手をかけました。この景色の何処かに、Fはいるのでしょうか。同じ空の下にいることは間違いないのに、どこかそんな気がしません。

 Fには人間関係がうまくて、友達もたくさんいる、そんな雨宮かすみを演じたかったのですが、ついつい弱音を吐いてしまいました。携帯電話が震えます。

 どきどきしながら携帯電話を開き、メールを確認します。たった一週間、しかも一日にたった三十分間だけなのに、ずいぶんと使い慣れてきました。Fからのメール。受信箱にあるそれをクリックするとき、わたしは心のなかで可愛い封筒の封を切ります。中から青い便箋の手紙を取り出して、広げて読むのです。

 「あっまみっやさーん、Fくんとうまくやってる~?」

 わたしは慌てて振り返りました。そこには天宮冬華さんとその取り巻き数名が、にやにやしながら立っていたのです。携帯電話の画面を見られた? いえ、そんなはずはありません。天宮冬華さんはFでないことが証明できたというのに、これはどういうことなのでしょうか。

 制服の下を嫌な汗が伝います。

 「……な、なんなんですか?」

 「いやあ、べっつにー。ずいぶんとFくんにご執心だなって思って」

 「ねー」と天宮冬華さんは取り巻きたちに振り返りました。彼女たちもすべてお見通しのようです。わたしは携帯電話をぎゅっと、ぎゅっと両手で握りこみました。心拍数が上がるのを感じました。

 「Fって誰なの……?」

 わたしの質問に対する答えを聞くためには、彼女たちの甲高い笑い声をひとしきり我慢しなければなりませんでした。

 「ほんっとに知らないでメールしてたんだぁ。信じらんない。教えてあげようか、優しい優しいFくんのことを」

 「教えて――」

 天宮冬華さんは自分のタッチパネル式の携帯電話を操作して、何かの画面を出しました。ぐいっとこちらに向けられた画面には、大きなロゴでFの文字が飛び出しています。『ユーザー数×万人突破!』だとか、『あなたもいますぐ登録しよう!』などという文字が踊っていました。

 「まさか、Fって」

 「『Fiction』。送られてきたメールを解析して適切な文章を生成する、まぁいわゆるbotってやつね。ちょっと体育の時間にあなたの携帯電話をいじらせてもらってね、三十分体験版登録だけさせてもらったわ。気に入ってくれたようで――」

 そこから先の天宮冬華さんの言葉は不思議と耳に入りませんでした。

 『Fiction』

 すべては虚構だったのです。

 わたしのこの想いも、単なる数列でできたものを勘違いして抱いた、馬鹿みたいなものだったのです。Fなんて青年はどこにもいません。返事はしてくれますが、そこに温もりはありません。

 この景色の何処かにFはいません。

 同じ空の下にFはいません。

 どこにも――。


 『ほんとうに?』


 暗闇のなかで、わたしのイメージしたFがそう呟きました。

 『ほんとうに、ぼくは無意味だったの?』

 さっきのメールの返事が脳裏に浮かびます。ちがう。わたしの中でFは……。

 「あら。あらら。怒っちゃった? ふふ。ごめんなさいねぇ。あなたが一人ぼっちで可哀想だったから――」

 「ありがとう!」

 わたしは喉が裂けるほど、その言葉を叫びました。

 びっくりした彼女たちはまるで、幽霊でも見るかのような眼でわたしを見つめていました。

 「……ありがとう」

 決して嫌味ではありません。騙されていたことはたしかに悔しいです。あれほどどきどきわくわくした気持ちが『Fiction』だなんて、この柵から飛び降りたくなるほど辛いものです。

 ――でも。

 「あなたのおかげでFに出逢えました。Fはわたしに、友達を作ることなんてこんなに簡単なことなんだよってことを教えてくれたんです。Fはたしかにツクリモノなのかも知れませんが、わたしの中でたしかな意味を持っているんです」

 『ちょっと嫌なことがあって。人間関係って難しいね、わたしはやっぱりにがて』

 わたしの弱気なメールに、彼は返事を書いてくれました。

 『大丈夫だよ。だって、君はぼくとちゃんと友達になれたじゃないか』

 たったの十秒で。そんなこと当たり前じゃないかと、言わんばかりに。

 わたしは少しだけ勇気をもらえました。それはFが実在しない人間だからって、否定されるものじゃないはずです。わたしの胸の中の暖かさが、彼が無意味じゃなかったことを声高に主張しているのです。

 だから――。

 「だから、ありがとう。Fに出逢わせてくれて」

 「……は。だから『Fiction』だって言ってんじゃん」

 わたしは静かに首を振る。

 Fのことを思い浮かべて。Fのことを考えながら。

 「わたしの中で、Fは『Friend』なんです。わたしの記念すべき、最初のともだち。大切な大切なともだちなんです」


 ※


 謎の少年Fの正体がついに暴かれ、歪な出逢いの物語はこれで幕を閉じます。

 頭に血が上っていたわたしはあの場をどうやって切り抜けたのか、あんまり憶えていません。でも、そんなことが些細なことと思えるほど、たいせつなモノを掴んだ気がするのです。

 同じクラスの同じく一人で本を読んでいる女の子に、勇気を出して声をかけました。話してみれば同じ作家が好きだったり、いろいろ話があって、すぐに仲良しになりました。彼女の友達も紹介してもらって、少しずつわたしの世界が広がっていくのを感じます。

 一緒にお昼ごはんを食べる友達ができたので、Fとメールをすることは自然となくなっていきました。でもお母さんから、「あんたずいぶん明るくなったねぇ」と言われたときは、Fにそのことを伝えました。「ある友達のおかげだよ!」わたしは胸を張って、そう答えました。

 わたしは友達をつくる機能の欠けた人間なんかじゃない。

 脚を踏み出すのはこんなに簡単なんだよと教えてくれた。

 いまでも彼のことを考えると、胸がほんわか暖かくなります。

 あなたのことは忘れません。


 これがわたしの『Friend』の物語です。

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