星が流れる理由を答えなさい

 ディアネイラはキオネに待つよう言って聞かせた後だった。昼休憩の直後だ。オフィーリアへ与えられた塔の最上階、そのドアの真横でじっと「よし」を待つ女の影はそこにこびりついて離れないみたいだった。

 これ以上オフィーリアの噂が広がる前に始末する必要がある。だが、上司が彼女にだけこだわっていたのはなぜなのか。それを知ってから――もしかしたら持ち札にしておいた方が良いかもしれない――判断しようと思い至ったのはつい最近のことだ。折角だから召喚した竜をつなぎ止めておくための替え玉も準備中である。試作段階の魔術を組み込んだ指輪はキャサリンをただの人形にしてしまうだろう。だが、今よりも役に立つ。私設の魔術師組織である魔術師団が送り込んできた男もこれで黙らせることができるだろう。一石二鳥だ。

 算段を付けていて口元が緩む。最上階から降りる階段には他に人影もない。さあ、ジュリアでも焚きつけて藪をつついてみるとしよう。

 振動と音、悲鳴と獣の声が数秒の間に響き渡った。

 つまづき、転びそうになりながら駆け下りた階段の先、屋外に出て見えたのは砂煙だった。昼の陽光が透けて見える塔と塔の合間、ばらばらと石壁の欠片が落ちてくる中に一際大きな壁の欠片が突き立っている。柱かもしれない。その下から女の腕が伸びているような、いや、見間違えかもしれない。見間違えであってほしい。あの場所は食堂のすぐ傍。魔術師団の男が、ギルがキャサリンと会うのによく使っている場所。彼があの指輪を渡すとすれば今日しかありえない。オフィーリアの噂を知って、後がないのは彼も同じだ。

 何事かと、研究の手を止め出てきた女達に「落ち着いて、部屋に戻って」と言い含めながら、ディアネイラは考える。

 砂煙が晴れ始め、塔の上空に羽ばたくしろい竜が見えた。あそこはジュリアの実験室だ。ジュリアも成功したのか、そんなまさか。彼女には決定的に適正が欠けている。だからあれだけ優秀でもまだ生きていられるのだ。なら、あの竜はなんだ?

 獣の悲鳴が空気を震わせる。鳥肌が立ったが、同時、懐に入れた筒に呼ばれた。伝言を受け取ると発熱して知らせてくる。じゃらじゃら、音を立てて振った筒の中に浮かんでは消える伝言は、『星が流れる理由を答えなさい』。

 筒が手のひらから滑り落ちる。ぱりん、筒の割れる音、重い足音、あかい液体の――血の滴る音、獣の悲鳴、轟音、振動。

 全てが自分を取り残して進んでいく。ディアネイラはからだじゅうが冷えて固まっていくのを感じている。目の前には千切れた女の身体を腕に抱いた男がひとり、立っている。



160116

第79回フリーワンライに参加したもの。

お題:星が流れる理由を答えなさい

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