染めてよ、もっと君色に

 ナディアは身体がばらばらになっていくのを感じた。意思の塊、自分自身本体だと自認しているものを囲う、殻としての、翼をもった獣を形づくった身体が解けていく。激痛は視界を震わせた。目前、数歩離れて宙を羽ばたくしろい竜、リディアへ向けていた魔術が狙いから逸れて僅かに残っていた塔の屋根を砕き落とす。その衝撃か、ナディアは思うものの、違う、なぜだか即座に違うと分かった。視界が反転する。リディアか、リディアを召喚したと思っている女がなにかしたのか。

 なにか? 私に?

 視界が明滅して、身体じゅうが裂ける感覚がある。痛い、痛くてたまらない。しかし同時に可笑しくてたまらない。笑い声を大きく出すと、今まで痛みに声を上げていたことに気がついた。リディアが吠える、空気の震えを感じる。怯えている。世界によって生み出された竜であるリディアが、自らを高貴な、純粋な魔術粒子で作り上げた身体をもつリディアが。

 誇るところだろう、リディア。

 言いたいが、口から言葉を出せない。意味の無い呻りと叫び、せめて出せるのは笑う声だけだ。

 人間の、オフィーリアの指示を受けた魔術粒子で構成した身体は汚れている。そう言ったのはリディアだ。この痛みにのたうつくろい竜を、だからだと、わらえば良いものを、怯み怯えてみせたりして。折角出会えた同胞がこれでは張り合いがない。

 この痛みはオフィーリアの痛みだ。このしろい竜には耐えられようもないだろうが、私は違う。

 視界は反転して、反転し、ぐるぐる回り続けているが翼を広げた。羽ばたき、空気を打って飛び立つ。硬いものに擦れ、当たりぶつかる感覚がある。昼の空と屋根の崩れた塔、石造りの城の様な建物。景色がぐらぐら、ぐるぐる回り、太陽で視界が白く焼け付く。オフィーリアの元へ。彼女の元へ行かなければ。このままではこの身体は崩れ落ちて、一辺のかけらもなく消えてしまう。私が、オフィーリアのものである証が、消えてなくなってしまう。

 オフィーリアを呼んだ。呼ぶ声はただの叫びに、獣の悲鳴にしかならない。

 オフィーリア。君はどんなにか痛いだろう。この痛みに、人間は耐えることができるだろうか。否、できるから、彼女が死んでいないから、この身体はまだここにある。まだ、そうだ、まだ、彼女とはまだ一緒に過ごしていたいのに。

 オフィーリアの声が聞こえた。低く、大きな、獣のような、だが人間の、女の痛みに叫ぶ声。

 そこか。白と青にちかちかする景色の中で、声の方へ、翼を打った。あと少しだけ待っていて、楽にしてやるから。楽に、そうだ、楽に。私はもっとオフィーリアを知りたかった。もっとずっと、彼女によって彼女のものになり続けていたかった。だから、そうだ、竜は人間にはなれないが、人間を竜へ近づけることはできる。それなら、私は彼女の色でいられる。もっと、もっと深く、オフィーリアと繋がり感じ取ることができる。

 石壁を突き破ったらしい。視界が一段と揺れ、オフィーリアが見えた。腹から胸が裂け、血で池を造りながら沈んでいる。その人間の身体を咥え上げ、喉の奥へ、全身を流し入れる。

 さあ、染め上げてくれ。もっと君の色に、深く、深く。


160108

第78回フリーワンライに参加したもの。

お題:染めてよ、もっと君色に

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