手綱をしっかり握っていて

 オフィーリアが竜を召喚したらしい。いつまで待てばいい? 死んで、いなくなるまで。キオネはずっと待ち望んでいた言葉達を胸の内で反すうした。これで三十二回目だ。待つ事は得意だ。だが、このドアの向こうにオフィーリアがいるのに、ここまで来てただじっと息を殺してまだ待たなければならないなんて。今すぐ駆け出してしまいたい衝動と、それを抑えつける調教された義務感。その狭間でじりじりと燻る苛立ち。三十三回目の反すうをする。しなければ、自分が壊れてしまいそうだ。衝動と義務感の間で自分自身がぎりぎりと削れていく感覚がある。

 そもそも自分は、飼われることに適していない。獣と同じように、定めた獲物を狩る。生きるために。そんな自分がそんな自分であることはそうであるように教えた飼い主がかつていたということだが、覚えていない。覚えているのは、ディアネイラと同じ紅い上着に、この義務感を植え付けられている間のことだ。自分を御しようなどと、なぜそんなことを考えるのか。理由など知りたくもないが、迷惑でかなわない。自分はただ、自分が定めた獲物を狩りたい。自分以外が決めた獲物を、決められた方法で、決められた時にしか狩ることができない。好きなように、好きなときに狩りたいのに。竜を召喚した女を狩るのに、いつまでも待たせて。ディアネイラは言ったじゃないか。死んで、いなくなるまで。つまりもう待たなくていい。自分が、オフィーリアを死なせいなくならせてしまうのだから。その時をずっと待っていたのだから。

 なのに、ここまで来て待てと言う。オフィーリアは、この一年ずっと待たされ続けた獲物だ。これまで竜の召喚に成功した女はすぐに狩ることができたのに、この女に限って、事実の確認が出来ていないなどと理由を並べ立て、ディアネイラの上司は焦らし続けた。その意図は知ったことではない。そもそもこの施設は竜の召喚を成功させることが目的のはずだということも合わせて。

 が、から続く大きな音が響いた。女の悲鳴も聞こえる。獣の声もだ。近い、が、この塔ではない。隣か。ジュリアの実験室がある塔、食堂か最も近い塔だ。

 しめた。唇をひと舐めし、目の前のドアへ手をかざす。魔術で組み立てられた鍵はちゃちな造りだ。構造の一点を破壊して――オフィーリアを屠る魔術を頭の裏側で組み上げる――ただの木の板と化したドアを軽く押した。音もなくほんの少し開いた隙間からオフィーリアの背が見えた。彼女のために用意した魔術を発動させ、放つ。矢だ。射貫いた獲物を離さない、とげとげとした返しの山ほどついた矢尻を持ったような矢。魔術師が魔術を使うために必要なあらゆる全てを引き裂く矢。

 眼に見えない矢が命中する刹那、オフィーリアはこちらを向いた。見開いた眼は暗い。夜の色とはよく言ったものだ。まさしく的を射ている。彼女は口を開いていた。何を言おうとしていたのかはわからない。わかりたくもない。矢が命中する。オフィーリアの悲鳴と、隣の塔にいるだろう竜の悲鳴が重なった。


151226

第77回フリーワンライに参加したもの。

お題:手綱をしっかり握っていて

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