煌めく夜空に零れる涙

 泣くな。くろく姿を現した竜に言われて、オフィーリアは目元をぬぐった。塔の最上階に屋根はあるが壁はない。吹き込んでくる夜風が濡れた頬に当たってひんやりした。

「あなたは、よるのいろね」

 人間の手で竜が召喚されたのはこれがおそらく初めてで、召喚された竜は野生の竜と同じ、しろい色をしていると思っていた。だが、目の前に座ってじっとしている竜は風に揺れる灯を照り返しててらてらと光りながら、ぬめるような、周りの空気を粘り取って吸い付けているように見えて、灯りが無ければ輪郭を見て取れずに夜空へ溶けてしまうだろう。

 夜の色。竜は繰り返し言った。噛み砕いて味わうように。

「これは、お前の色だ。オフィーリア」

 竜の声には温かさがある。なぜだろう、こそばゆい。

「私、の」

 だって召喚――魔術師の指示する魔術粒子で竜の身体を形成する――しているのだからそうだ。でも思い至らなかった。

「泣くな」

 竜はささやく。ぬっ、首が伸びてきて、獣のあつい鼻息が顔面に吹き付けられる。竜の鼻が寄せる先はこちらの左の頬、目元だ。ほくろがある。息のあつさに頬がひんやりして気付く。また涙が出ていた。

 竜は身の丈が人間の二倍はある。近づいてきた頭の、口の大きさは、ひと口で人間を捕らえて飲み込めてしまうほどだ。細長く、奥行きのある頭は正面からでは眼がとても遠い。

「もっと近くに寄って、ナディア」

 ぽろり、出てしまった名前を竜は繰り返す。あなたの名前。恐る恐る言った声を聞き取れたとは思えなかったが、竜は喉を鳴らした。満足しているように。

 泣くな。ナディアがささやく。



151218

第76回フリーワンライに参加したもの。

お題:煌めく夜空に零れる涙

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