嘘に紛れた宝石を
オフィーリアが竜を召喚したらしい。キャサリンが耳にした噂は、それまで竜を召喚できるのはジュリアだけだろうという噂を消し飛ばした。
「昨晩なの?」
「あら、ジュリアよりもずっと前だって聞きましたわよ?」
昼時の食堂はその噂でざわめいている。オフィーリアが先か、ジュリアが先か。孤高の存在であるオフィーリアと、プライドが高く周りを見下すジュリア。どちらにしろ女達は面白くない。キャサリンだって悔しい。だから噂に動揺するジュリアへ、声を掛けたのはきっと嫉妬しているからなのだ。
「どうしたの、ジュリア」
スプーンもパンも手にせず、テーブルについてからじっとしていたジュリアが急に頭を振って、キャサリンの声にはっとする。噂の渦中にいるジュリア――前の噂でも散々だったが、今回はもっと酷い言われ方をしている――を窺っていた同じテーブルにつく四人が、そそくさと食事を再開した。直接関わり合いになりたくないのは皆同じだ。だが、この会話を後々、嘘を混ぜて囁くのだろう。
「なんでもないの。ありがとう、キャサリン」
ジュリアが笑ったから、キャサリンも笑った。でも折角心配したのにそんなそっけない、形だけの感謝なんて。やはり嫉妬している。キャサリンは胸をなで下ろした。ジュリアが急に食事をかき込んで席を立ち、去っていったのを見送って、せいせいしているのだ。これは、今回の噂と今日の態度でジュリアが竜を召喚したと明らかに確定したことに対する、先を越されたことへの嫉妬だ。この施設に、竜を召喚するためだけに集められた腕のある女魔術師の中にいるのに、ちっとも焦っていない、そもそも興味すらないだなんて、そんな事があるわけがない。
食後、キャサリンは食堂の外で呼び止められた。外套のフードを目深に被った人物。建物間を結ぶ回廊から見えない所まで、人気の無い所まで引っ張っていく。
「ギル!」
フードの下から現れた顔を見て、キャサリンは彼の首に飛びついた。この施設は業者以外の男の出入りは禁止だ。それでも魔術師である彼との出会いは、今まで魔術だけが生きがいだったキャサリンの視界をがらりと変えた。会えて嬉しい、急にどうしたの。矢継ぎ早にまくし立てるのを遮って、ギルは言った。伝えたいことがあるんだ。
「君はこの、嘘ばかりの中で唯一の真実だ。僕には君が宝石の様に輝いて見える」
だから受け取って欲しい。ギルが差し出したのは真っ赤な宝石の付いた指輪だった。
キャサリンは自分が何を言ったのか分からなかった。でも確かに、嬉しいとかそんなことを言って、ギルの首に再び飛びついた。ギルは笑っていた。けれど涙も流していた。変なの、囁くキャサリンの背をさする手の震えは止まらない。その理由を彼は口にした。すまない、それは。だが、声は獣の声と塔の崩れる音に飲み込まれてしまった。
二人へ影を落とす塔の欠片の向こうに、しろい竜の翼がある。
151115
第71回フリーワンライに参加したもの
お題:嘘に紛れた宝石を
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