輝く瞳に夜の色

木村凌和

輝く瞳に夜の色

 オフィーリアが竜を召喚したらしい。ざわめく食堂のさざめきが、全てそれを話している様でジュリアは頭を振った。向かいに座る三人、両隣に座る二人から、すかさず訝しむ視線が刺さる。

「どうしたの、ジュリア」

 口に出したのは向かいに座るキャサリンだった。絹糸の様な細くしなやかなくすんだ金髪は少しばかりほどけていても、彼女の清廉さは際立っている。互いの両隣に座る二人が――六人掛けの机で昼食をとる六人のうち二人が、ジュリアとキャサリンを横目に見ながら食事を再開する。木製のスプーンが木製の器を擦る鈍い音を聞きながら、

「なんでもないの。ありがとう、キャサリン」

 ジュリアは笑顔を作った。キャサリンは口元だけ笑って頷く。口角が少し引きつっている。

 私だってそうに違いない、思い至って、ジュリアはパンを自らの口へ押し込んだ。口の中はぱさぱさに、からからに乾いていて食欲なんかなかったが、そんな素振りを見せるわけにはいかない。ここではほんの少しの弱味も命取りなのだ。水でパンを押し流し、さらさらするばかりのスープを流し込んだ。お先に。五人のうちの誰に言うわけでも無いが断って、ジュリアは空の食器を手に席を立った。

 オフィーリアが竜を召喚したらしい。すれ違う女達が皆そう言っている様に聞こえる。

 なんでもない。なんでもない。ジュリアは言い聞かせた。確かにこの修道院に似せた建物は、女を集めて竜の召喚をさせるためのものだ。そして確かに、昨夜、獣の声を、誰も聞いたことがないに違いない、忘れがたい呻り声を聞いた。そして確かにそれは、他の女――ジュリアもキャサリンも含む女――より何歩も前を行っているオフィーリアに与えられた塔から聞こえた。彼女は竜を召喚したに違いない。直接見たわけではないから、確実ではない。だからまだ、これは確定ではない。だから、なんでもない。なんでもない。

「どうしたの、ジュリア」

 ジュリアは声にはっとした。階段を下りていたはずが上っている。振り返るまでもなく、声はオフィーリアのものだとわかった。だからジュリアは階段に片足を掛け、手すりを握ったまま動かずに、

「なんでもないの。ありがとう、オフィーリア」

 声は自分でも驚くほど感謝の気持ちがこもっていた。オフィーリアが、そう、言った声のなんてぶっきらぼうなことか。ジュリアは発作的に腹が引きつり口から笑う声の出るのを隠すために、階段を駆け上がった。足首まで覆うスカートがまとわりついて転げそうになる。

 階段の踊り場で折り返しざま階下に見えたオフィーリアはただこちらを――ジュリアを見上げている。午後の柔らかな陽光を反射する彼女のくろい眼はきらきら輝いて、しかし底知れぬくろさを見て、ジュリアは震え上がった。夜の色だ。

 リディア。ジュリアは呼んだ。しかし口の中はぱさぱさでからからで、声は出ない。ジュリアは走った。リディア。知らせなければ、伝えなければ。私の召喚したあの、しろい竜へ。

 オフィーリアは竜を召喚したらしい。夜の色をした、しかも一夜にして恋してしまった、竜を。


151106

第70回フリーワンライに参加したもの。

お題:輝く瞳に夜の色

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